なぜ金星を目指すのか(探査機あかつきの航海)
     -- 今村 剛(JAXA,宇宙科学研)

 2010年5月21日、金星探査機「あかつき」(図)がH-IIAロケットによって種子島宇宙
センターから打ち上げられた。当初の予定では「あかつき」は打ち上げから200日後の
2010年12月7日に、金星上空の高度550kmを通過するあたりでエンジンを逆噴射して速度
を緩めることによって金星周回軌道に入り、初の金星の気象衛星となるはずであった。
しかし「あかつき」はエンジンのトラブルのために計画の約2割の減速しか達成できず、
金星のすぐ横を通り過ぎてしまった。金星周回軌道への投入は失敗したのである。
「あかつき」は今、太陽の周りを周期203日で公転する軌道上にあり、2015年以降に再び
金星に近づくチャンスがある。逆噴射のための燃料はまだ大半が残っている。そこで
プロジェクトチームでは、このときに改めて「あかつき」を金星周回軌道に入れる可能性
について検討している。

 「あかつき」の目的の地である金星は古くからよく親しまれた天体であり、ヴィーナス
やイシュタルなどの名で神話にも登場する。太陽と月を除くと全天でもっとも明るいこの
星を、多くの人がそれと気づかないまま一番星として見ているだろう。金星は地球より
一つ内側で太陽の周りを巡る、固い地表面を持ついわゆる地球型惑星である。大きさは
地球の0.95倍で、地球とほとんど同じである。雲に地表を隠された姿は人類の想像力を
かきたて、宇宙時代が始まるまでは高度な文明の存在まで想像されたりした。

 金星はかつて旧ソビエト連邦(現ロシア)と米国の宇宙開発競争の場となり、多くの
周回機や着陸機が送り込まれた。これらの探査機が明らかにした金星の素顔は地球とは
全く違っていた。金星の大気は主に二酸化炭素からなり、地表気圧は90気圧(水深900mに
相当)にもなる。膨大な二酸化炭素がもたらす温室効果のために地表温度は460℃に達する。
液体の水は存在せず、大気は乾燥している。高度60 km付近には濃硫酸の雲が浮かび、
20 kmもの厚さで金星全体をおおっている。この雲を含む大気は時速400 km、実に自転の
60倍の速さで西から東へと巡回している。金星は地球と似た過程で作られた双子のような
惑星と考えられているが、そうだとすればこの違いはどこから来るのか。地球が金星の
ようにならなかったのはなぜなのか。地球の生い立ちを理解するうえで、金星は他に代え
難い重要な研究対象であり続けている。



金星に到着して逆噴射を行う「あかつき」の想像図