第46期<駿台天文講座>  2012.1.21(土) 第550回講演

                     元国際天文学連合会長・国立天文台長 古在 由秀

〔天文学の60年〕

講 演 要 旨
天文学の60年
 望遠鏡は1608年、オランダの技術者によって考案されたと云われているが、これを自作し、初めて天体に向けたのは、ガリレオ・ガリレイ(1564-1642)で、1609年のことである。ガリレオは口径42mmで視野6分角の屈折望遠鏡で、月に沢山のクレータ、太陽に黒点を、木星には、現在ガリレオ衛星と呼ばれる4つの明るい衛星を発見した。また、天の川は星の集団であることにも気づいた。国際天文学連合は、それから400年目の2009を世界天文年と定め、様々な行事を行った。私は1951年に東京天文台(1888年創立、1988年国立天文台に改組)で仕事を始め60年以上たった。

屈折望遠鏡から反射望遠鏡へ
 屈折望遠鏡に凹レンズのアイピースを導入して、視野を広くしたのがケプラー(1571-1638)であり、それから大きな屈折望遠鏡が作られるようになった。最も大きな屈折望遠鏡は、1898年に作られた、シカゴ大学・ヤーキス天文台の口径102cm望遠鏡である。屈折望遠鏡の弱点は、波長によって焦点の位置が変わること(色収差)で、これを直す工夫はされたが、完全にはなくせなかった。20世紀になると、天体分光学が大事な分野になり、反射鏡を用いた反射望遠鏡が主流となった。そのなかで有名なのが、アメリカ・カリフォルニア州のウイルソン山に1905年に作られた2.57mの望遠鏡、パロマ天文台に作られた5mの望遠鏡である。

大きな望遠鏡の利点
 大きな望遠鏡では、それだけ多くの光を集め、暗い天体まで見ることが出来る。また、角分解能はλ/Dで表される。λとD はそれぞれ、光の波長望遠鏡の口径である。そこで、大きな口径の望遠鏡のほうが分解能はよく、口径 1mの望遠鏡で 1μm の波長の光を捉えれば、分解能は 0.2秒角である。ところで、天体からの光は地球をとりまく大気中を通って来るため、シンチレーションで1~2秒と分解能は悪くなる。人工衛星に載った、口径2.5mのハブル望遠鏡はこの点で有利で、分解能は0.1秒角以下である。また、すばる望遠鏡のような大きな望遠鏡は、シンチレーションの少ないハワイ・マウナケアなどに作られ、シンチレーションをさらに小さくする装置も取り付けている。

望遠鏡の架台
天体は地球の自転により動いて見えるので、星を追尾する装置を望遠鏡に付ける必要があり、そのために二つの方式がある。その一つが赤道儀式である。赤道儀式の軸の一つは極軸とよばれ、天の極の方向を向いている。星はこの軸を中心として回転するので、この軸の周りでだけ望遠鏡を動かせば、星は追尾出来る。これに垂直なもう一つの軸は赤緯軸と呼ばれる。ぐんま天文台の65cm望遠鏡は、赤道儀式の架台に載っている。しかし、極軸は傾いている赤道儀式では、重い望遠鏡は支持し難い。そこで、ぐんま天文台の150cm望遠鏡は、水平軸と垂直軸をもつ経緯台に載せ、望遠鏡を二つの軸の周りで回転させて星を追尾する。また、焦点面も回転してしまうので、それを直す工夫が必要となる。

すばる望遠鏡(1999年完成)
 望遠鏡でよい像をうるには、鏡の表面をλ/10の精度で保たなければならない。すなわち、光学望遠鏡の鏡面は100nm の精度が必要である。すばる望遠鏡の口径8.2mの主鏡の厚さは20cmなので、望遠鏡の向きを変えると、鏡はすぐに撓む。そこで、すばる望遠鏡には 264のアクチュエータが付いており、0.01秒毎に星の像を解析し、鏡面を補正している。これを0.001秒毎に行えば、シンチレーションも消すことができ、星の像は0.06秒角の大きさになる。すばる望遠鏡の主焦点には、34x27分角の視野があり、8000万素子のCCDカメラがついている。この視野を10倍にする計画が進行中である。また、カセグレン焦点と二つのナスミス焦点があり、ここに重い分光器などが置かれている。

電波望遠鏡
 電波の波長域は、短い領域でも1mmから1mに及び、波長は光に比べて長いので、1000倍も大きな望遠鏡を作らないと、角分解能は光学望遠鏡より劣る。一方、1mの波長の電波だと、鏡面の精度は10cmでよく、望遠鏡を使わず、アンテナだけで受信できる。波長1mmとなると、鏡面の精度は100μm必要となる。そこで、野辺山電波観測所の口径45mの電波望遠鏡のように大きなものになると、望遠鏡を動かしてもこの精度を保つのは容易なことでない。そこでこの望遠鏡では、その高度の変化によって焦点の位置は移動するのだが、鏡面の回転放物面という性質は変えないという仕組みができている。

干渉計
 電波望遠鏡で高い角分解能をうる方法が干渉計である。普通の干渉計では、二つの電波望遠鏡をケーブルで結び、二つの出力で干渉パターンを作り、よい像をうる。この二つの望遠鏡を結ぶ基線の長さが、角分解能だけでは、望遠鏡の口径Dに相当する。一方、計算機システムや時計同期の精度が進むにつれ、二つの電波望遠鏡で同時に同じ天体を観測し、その出力を同じ計算機で解析して、干渉パターンを取るという方法が開発された。これだと、1万mを超す基線がとれ、VLBI( very long baseline interferometer)と呼ばれている。また、口径8mの電波望遠鏡を積んだ人工衛星が打ち上げられており、これと地上の電波望遠鏡を結んで、数万kmの基線の干渉計が実現している。

ALMA 計画
 干渉計は二つの電波望遠鏡の間でだけでなく、複数の望遠鏡を結んでも可能である。現在、国立天文台、米国電波天文台、ヨーロッパ南天天文台が協力して、チリの5000mの高さのアタカマ高原で ALMA(Atacama Large Millimeter/Sub-millimeter Array) 計画が完成に近く、既に試験観測が行われ、科学観測のテーマが募集され、審査中である。ALMAでは、口径12mの電波望遠鏡50台からなるシステムと、口径12mが4台と7mが12台のコンパクト・システムからなり、14kmの範囲に配置され、0.01角秒の精度を目指している。各アンテナには、10の観測周波数帯に対応した10個の受信機が搭載される予定である。このうち国立天文台が3つ、カナダ・米国・オランダ・フランスがひとつずつを担当している。

赤外線、X線観測
 赤外線は、地上でも観測できる波長を除けば、X線、γ線とともに、人工衛星に検出器を積み、大気圏外に出て観測する。赤外線は、望遠鏡の主鏡からも放出されているので、鏡をとても低温にしたりするなどの工夫が必要である。一方、X線は、普通のガラスなどの材質で鏡を作っても反射されず、貫通してしまう。そこで、特別の工夫をした望遠鏡が開発され、ある波長のX線を吸収すると蛍光を発する物質で分光観測を行う。
 X線観測衛星:はくちょう(1979-85)、てんま(1983-85)、ぎんが(1987-91)、あすか(1993-2001)、すざく(2005-)、
 太陽観測衛星:ひのとり(1981-91)、ようこう(1991-2004)、ひので(2005-)、
 電波衛星:はるか(1997-2005)、
 赤外線観測衛星:あかり(2006-)。

ニュートリノ望遠鏡 重力波望遠鏡
 カミオカンデは、岐阜県神岡鉱山に、3000トンの水と口径20インチの光電管1000本を備え、陽子崩壊の検出を目的として建設され、1987年2月には、マゼラン雲に出現した超新星1987Aからのニュートリノを検出した。これが5万トンの水、11,200個の光電管を備えたスーパーカミオカンデへと発展した。これでニュートリノ振動が確かめられ、太陽のニュートリノ問題も解決した。日本の重力波検出装置は、三鷹の国立天文台の敷地に腕の長さが300mのTAMA300が開発され、1996年から実験を開始した。現在はLCGTという腕の長さが3kmの装置が神岡に建設中である。

理論研究
 日本の理論研究は戦前からある程度の水準にあったが、戦後は1962年の林忠四郎による「林フェイズの研究」、1981年の佐藤勝彦による、「宇宙創生期での爆発的膨張とビッグバン」の研究などが有名である。また、林忠四郎が中心になって行った、太陽系形成論も広く知られている。最近は、日本での高速計算機の進歩は大きく、二体間の引力が簡単に計算出来るGRAPEという装置も出来、力学系の研究に使われている。
 私自身で言えば、1962年に発表した、離心率や軌道面傾斜角の大きい小惑星の永年摂動の論文は、今でも引用回数の多く、応用範囲は小惑星にとどまらず、恒星系力学、銀河やそのなかでの大質量ブラックホールの衝突と合体、離心率の大きな系外惑星の運動にも応用されている。

                             以上


講師略歴 (略)

主な研究
人工衛星の軌道を割り出す「コザイの式」で天体力学の世界的権威として脚光を浴びた。
小惑星の運動の力学的研究において著しい業績をあげた。特に小惑星の軌道に関する「古在共鳴」 (Kozai resonance) の発見が良く知られている。
天体力学が太陽系の起源の問題にかかわりを持つとの新しい考え方を示した。

主な著書
『太陽系・惑星および衛星の運動』(恒星社厚生閣 新天文学講座2 新版 1963年)
『天体の軌道計算・摂動の数値計算』(恒星社厚生閣 新天文学講座14 新版 1964年)
『地球と月・月の運動』(恒星社厚生閣 新天文学講座3 新版 1965年)
『天文学のすすめ』(講談社 講談社現代新書 1966年)
『月』(岩波書店 岩波新書 1968年)
『地球をはかる』(岩波書店 岩波科学の本 1973年)
『ほうき星の話』(NHKブックス・ジュニア 1974年)
『十番目の惑星』(講談社 ブルーバックス 1975年)
『太陽系の構造と起源・太陽系の構造と惑星、衛星の運動』
  (恒星社厚生閣 現代天文学講座 1979年)
『月と小惑星』(編 恒星社厚生閣 現代天文学講座2 1979年)
『天文学者のノート』(文藝春秋 1984年)
『天文台からみた世界』(読売新聞社 1990年)
『星座・みえてきた宇宙』(作品社 日本の名随筆 1992年)
『天文台へ行こう』(岩波書店 岩波ジュニア新書 2005年)
『宇宙のしくみ - 特別なことと普通のこと』(高等研選書18)
その他多数