メシエカタログ

    2015年1月17日(土),駿台学園,月例天文講座, 中嶋浩一

○はじめに (講演要旨より)

 「メシエカタログ」は,天文ファンならだれでも知っている「星雲・星団」のリストで
ある.夜空は一見,星ばかりがキラキラ輝いているように見えるが,ひとたび双眼鏡や望
遠鏡で眺めると,不思議な形をした雲のようなものや,宝石をばらまいたような星の集団
が見えてくる.これらを見た人は誰しも,宇宙の不思議に思いをはせるのではないだろうか.
筆者も中学生の頃,上州の寒風の吹きすさぶ校庭で,小さな望遠鏡でアンドロメダ大星雲
(当時はまだ星雲だった)を驚きの目で見たのをよく覚えている.近年は,メシエ天体が
見えると「これはすばらしい夜空だ!」ということに感動するようになってしまったが.

 メシエカタログを編纂した「シャルル・メシエ」はフランスの天文学者で,1730年生ま
れ,活躍した時期はちょうどフランス革命の頃であった.しかしメシエは,星雲・星団の
不思議さに魅せられてカタログを作ったわけではなかった.彼の天文観測の目的は,イギ
リスの天文学者ハレーが「1758年に出現する」と預言した彗星をまっさきに捕えることで
あった.残念ながらメシエは,ハレー彗星回帰の第一発見者の栄誉に浴することはできな
かったが,その後かえって彗星発見に意欲を燃やし,生涯に13個の新彗星を発見した.と
ころで彗星はどのようにして発見するかというと,キラキラ輝く星々の間にぼんやりと広
がって見える天体を見つけることになるのだが,夜空にはもともとそのような天体が数多
く存在する.これは紛らわしいというので,これらをリストアップして彗星探査の便宜を
図ったというのが「メシエカタログ」になったのである.

 このメシエカタログについては,筆者の教科書『天文学入門―星とは何か』でもその一
章を割いて解説している.それは「星とは何か」の解説において,星雲・星団が教材とし
て欠かすことができないからである.簡単にまとめると,星雲(特に散光星雲やその中に
見える暗黒星雲)の中で星がまとまって誕生し,雲が晴れてくると星団(特に散開星団)
としてその姿が見えてくる,ということになる.また,惑星状星雲は星の一生の末期の輝
きであり,メシエカタログ冒頭の天体M1は星の最期の大爆発を表している.さらに,星
団というのはほぼ同時に誕生した恒星の集まりであるから,これの「HR図」(前回の講演
参照)を研究することによって,星の個性の違いや星の成長・老化などが詳しく調べられる.
今回の講演では,これまでの2回の講演の流れの延長として,メシエカタログ天体に見られ
る「星の一生」の姿を解説する.このような観点から今回は,重要なメシエ天体の一つで
ある「銀河」については割愛する.



○前回(2014年1月)の概略 *前回のwebページ  ・講演者(中嶋)の教科書『天文学入門 ー 星とは何か』(丸善)に沿って,恒星の    研究で最も重要な役割を果たす「HR図」を説明.  ・HR図は恒星の「表面温度」と「実際の明るさ」で星を分類したものであることを説明.  ・そうすると,そこに「主系列」という規則性が見えてくることを示す.  ・この主系列が(今回のテーマの)「星団」によっていろいろな姿を示すことを見る.  ・この主系列のいろいろな姿を解析することによって,「星の一生」が明らかになる.  ・星の一生はまた,物理学的な星の内部構造理論によっても解析される.  ・そこで,星の誕生の舞台としての(今回のテーマの)「星雲」の重要性が指摘される.  ・最後に,HR図の上での星の一生の道筋(経路)をまとめて紹介.  ※教科書には,今回の「メシエカタログ」の内容も記載されている.     → 教科書のための参考ページ
○メシエカタログの編者,シャルル・メシエについて(上記教科書より転載).  これまでに解説してきた「恒星」は、太陽以外はいずれも大変遠方にあり、どんな大き な望遠鏡をもってしてもその形を見ることはできない。いかに高倍率の天体写真でも、恒 星は光る点としてしか写らない。  ところが宇宙には、望遠鏡で見るとぼんやりと広がった形状を示す天体がある。それら の第一は「惑星」や「彗星」である。しかしこれらはいわゆる「太陽系天体」であり、本 書の扱う恒星の世界の天体からはいちおう除外して考えることにする。  太陽系外の天体でぼんやり広がって見えるものとしては、「星雲」、「星団」、「銀河」 などがある。ここで「銀河」というのは、近年の都市化のためにほとんど見えなくなった あの「天の川」のことではなく、右図のような、かつて「渦巻き星雲」と呼ばれていた天 体のことである。  この図は「アンドロメダ大星雲」と呼ばれていた、M31という渦巻き銀河である。これが どうして天の川と同じ「銀河」と呼ばれるようになったのか、後にこれらの銀河の説明の 部分で詳しく述べる。  これらのように、太陽系外天体でぼんやりと広がって見える天体を「非恒星状天体」と 呼ぶ。星団は、よくみればぼんやりでなく、星の集まりではあるが、全体を一つの天体と 見て、この部類に分類する。そしてそれは意味のあることである。  このような天体に関心を持ち、そして北半球で見えるおもな非恒星状天体のリストを最 初に作成したのが「シャルル・メシエ」Charles Messier (1730-1817) というフランスの 天文学者であった。そして彼の作成した100個余りの非恒星状天体のリストを「メシエカタ ログ」と呼び、そこに載っている天体を「メシエ天体」と呼ぶ。前述の「アンドロメダ大 銀河」の「M31」という呼び名は、このメシエカタログの31番目にあるメシエ天体、という ことである。  ところでメシエはどうしてこれらの天体に関心を持ったのだろうか。本章はまず、シャ ルル・メシエの人物像から見て行こう。  シャルル・メシエは、フランス革命の半世紀前の1730年、フランス東部の小さな町に生 まれた。21歳の秋、彼はパリに上り、海軍所属の天文学者 J.N. ドリールの許に弟子入り し天文観測を始める。達筆で几帳面だった彼は、子供のなかったドリール夫妻に気に入ら れ、天文観測の助手など、いろいろ重要な仕事を任されるようになった。ときあたかも、 (前々章、コルカロリのところで出てきた)ハレーが予言した彗星の再来の年 1758年が近 づきつつあった。人々は彗星が予報できるということには半信半疑であったが、ドリール は人に先んじてこれを確認しようと考え、自分自身でも予想軌道の計算を行った。メシエ は、ドリールの予想位置の方向に望遠鏡を向け、最初の発見者になるべくひたすら観測し たのだった。  彗星を見つけるには、望遠鏡で空をくまなく探索し(これをスキャンという)、いつも 見慣れた星の合間に、たんぽぽの綿毛のようにぼんやりと光る天体を見つけなければなら ない。そして発見されればそれを2日3日と続けて観察し、それが時間の経過とともに移動 するということを確認しなければならないのである。これはたいへん根気のいる仕事であ ると同時に、どこにどんな星があるかということ、つまり星の地図を知り尽くしている必 要がある。メシエはこのような作業にすぐれた腕前を発揮した。  努力の甲斐あって、1758年の8月に彗星を1つ発見するが、程なくこれはハレーの予言の ものとは別物であることが明らかとなる。またやはり同じころ、メシエはおうし座方向に 1つ、ぼんやりとした天体を発見するが、これは何日経ってもじっと動かなかったので、彗 星ではないことがわかった。  ついに翌年の1月末、メシエはハレーの予言した彗星を発見するのだが、残念ながら第1 発見者はドイツのアマチュア天文家パリッチで、すでに前年のクリスマスの夜に発見され ていたのだった。原因はどうもメシエの先生のドリールの予報計算が誤っていたというこ とらしい。  メシエはたいへん残念に思ったが、かえって彗星発見に闘志を燃やすことになり、生涯 に44個の彗星を観測、その内13個は彼の第1発見になる新彗星であった。これは当時として はたいへんな偉業であり、ナポレオンからレジオンドヌール勲章を授けられるという栄誉 に浴した。感激のあまりか、メシエは「1769年の大彗星こそ大皇帝の出現を予言したもの (ナポレオンは1769年に生まれた)」と言って、まともな天文学者の顰蹙を買ったりして いる。  だが、彼の名誉を不朽のものにしたのは、彼が彗星発見の際に邪魔者扱いにした、彗星 と間違いやすい「非恒星状天体」の一覧表「メシエカタログ」であった。あのハレー彗星 の探査のときに、おうし座でそれと見誤ったぼんやり光った天体(現在の「かに星雲」) を筆頭に、45個の非恒星状天体のリストを1774年に出版した。その後も引き続き、助手の メシャンとともに彗星探査のかたわら非恒星状天体の記録を続け、フランス革命の争乱の 真っ只中の 1781年、103個のリストを完成した。その後助手のメシャンによる追加を含め て110個の非恒星状天体のリスト(いくつか不明のものあり)が、現在「メシエカタログ」 として知られているものである。そしてそれは今でも、いや今でこそ、望遠鏡で宇宙の神 秘に迫ろうとする人々のバイブルになっている。  メシエのこの偉業を引き継いだのは、英国の天文学者 Sir William Herschel (1738-1822) と、その息子 Sir John Herschel (1792-1871) だった。彼らは、メシエより格段に高性能 の望遠鏡と写真技術を駆使して大掛かりなカタログ編纂を行い、"General Catalogue of Nebulae and Clusters"(星雲と星団の一般カタログ)というのを作成したが、これらは後 に、アイルランドの天文学者 J. L. E. Dreyer (1852-1926)によって "New General Catalogue (NGC)" および "Index Catalogues (IC)" としてまとめられた。前者には約8000、 後者には約5000の非恒星状天体が網羅されている。
○メシエ天体の分類(入門)  *星団  球状星団 M4, M13, M80(ハッブル) etc.       散開星団 M6, M44, M45 etc.  *星雲  散光星雲 M8, M17, M42 etc       惑星状星雲 M27, M57 etc.       超新星爆発残骸星雲 M1(ハッブル) only       (暗黒星雲) M16同拡大(ハッブル)  *銀河  渦巻銀河  普通の渦巻銀河 M31, M51, M81, M104(ハッブル) etc             棒渦巻銀河 M58 etc.       楕円銀河  矮小楕円銀河 M32 etc             巨大楕円銀河 M87 etc       不規則銀河 M82(すばる) only         (写真は国立天文台、メシエ天体写真集ハッブル望遠鏡,          すばる望遠鏡ギャラリーより.)   ※ 銀河(M31)の中の星雲(すばる)     → 「銀河」は天の川と同じ莫大な数の星の集まりで,散光星雲はその中に散ら      ばる(比較的)小さな天体であることがわかる.   ※ 銀河と星雲・星団・天の川銀河の関係がわかる図:     (右図は,有名なシャプレーとカーチスの「大論争」を示す図.          岡村定矩著『銀河系と銀河宇宙』より)     → 天の川銀河の大きさについてはシャプレーの考えが正しかったが,渦巻星雲       天の川銀河の外の遠方の天体であり天の川銀河と同じ種類の天体であること       はカーチスの考えが正しかった.
○(暗黒)星雲からの星の誕生       *暗黒星雲の例  石炭袋とみなみじゅうじ    (出典はこちら)  オリオン座に分布する暗黒星雲  (学芸大のページより)   → どのようにして調べるか? → 背景に見える天の川の星の数を数える.  電波天文学と暗黒星雲, オリオン星雲馬頭星雲(野辺山電波天文台)   ※ 炎の木星雲,馬頭星雲, 同左,強調(天文部員撮影)   → 暗黒星雲とその密度は,電波で調べられる. *暗黒星雲の中での星の誕生  どのようなきっかけで誕生するか?    → 大きな暗黒星雲同士の衝突,超新星爆発の衝撃波  どのように見えるか?    → 電波で.「分子雲コア」(星の卵)               *星が光りだして散光星雲ができる.  M42, M8, M20   → 星雲の中には,まだ見えない星がたくさんある. M42 赤外線画像   → 生まれたての星(巨大な赤外線星)もある(右上のオレンジ色の天体).     生まれたての星は,赤色巨星 → HR図参照 *雲が晴れてくると,生まれた一群の星が「散開星団」になる.   → 散光星雲と散開星団の同居 M8, ばら星雲M16広域,     NGC604 これは別の銀河(M33)の中の星雲,オリオン星雲の数十倍の大きさ!        (M33 すばる,左下の赤い星雲),     小マゼラン星雲 小さな銀河に相当する天体   ※ これは似ているけど違う: ハッブルのV838 Mon (後で説明)      *盛んに光を発する若い恒星によって,暗黒星雲が「蒸発」してゆく.   → M16広域ハッブル望遠鏡の「雲の柱」(1995年)     → 上から(生まれたての)明るい星に照らされて,上の部分から蒸発している.   ※ 最新のハッブルのニュース     →ハッブル20周年(2014年)で,同じ場所を最新の広域カメラで撮影した.       動画1, 動画2   → 赤外線で見ると,背景の天の川の星が見える.     → 20年で変化が見られたというが・・・       実験: 図1図2 をブリンクさせる.       → 「ハービック・ハロー天体の形が少し変わった」と解説に書いてあるが・・・   ※ ハービック・ハロー天体 (生まれつつある星からジェットが噴出しているところ.)     ハッブルの「ファンタジーマウンテン」,(上の方に HH901, HH902 が見える)     これは エータカリーナ星雲 にあるというが,どこだかよくわからない.   ※ ピラネージ,ローマの遺跡エッチング集(東大図書館のページ,現在は非公開)        → ジョヴァンニ・バッティスタ・ピラネージは、18世紀イタリアの画家、建築家。        ローマの景観を描いた版画でも知られる。      → キャッシュ1, キャッシュ2, カラカラ帝浴場跡(M16 に似ている!) *「ボック(ボーク)グロビュール」というのも見える.星になる前の暗黒星雲の小さな塊り.   → NGC281広域同拡大, オリオン星雲中,      NGC3603 (星のライフサイクルが写っている)      → 中央右・中央下に蒸発しつつある雲の柱,その右上にグロビュール,        中央には生まれたての星の散開星団,すでに老化が始まってリングを放出        している星もある.
○成年の星: 散開星団の主系列星   *散開星団のHR図(復習)   → 年を取ってくると,主系列の上部が右へ曲がってくる.  ・一番若い h+χPer(天文部員撮影)  ・次に若い すばる M45,  同長時間露出      → 長時間露出に写っている星雲は,誕生した星雲の名残ではなく,別の星雲        にすばるが突入したもの.   プレセペ M44,  ワイルドダック星団 M11      → 明るい赤い星がある(これらの星団を撮影するときは,星の色がよく出る        ようにしたい).  ・年取った星団 M67球状星団のHR図)  ・冬の銀河の中,ぎょしゃ座の M36, M37, M38  (星座
○老年の星: 惑星状星雲     → 年を取ってくると星は膨張して「赤色巨星」になる.さらに膨張すると表面の物     質は宇宙に流出し,それが中心の星に照らされて「惑星状星雲」になる. *いろいろな形がある惑星状星雲  ・M27, M57, M97(ふくろう星雲)(天文部員撮影のものが,今年の駿台カレンダーにある),     NGC7293(らせん星雲)  ・ハッブル特集,     キャッツアイ星雲砂時計星雲赤い梯子(赤い四角)星雲,     エスキモー星雲エスキモーの写真),バグ星雲バグ星雲の形成,動画),  ・前出の v838Mon(ハッブル) (同,時間経過)(ゴッホの星月夜を思い起こさせる)    → 時間変化は星雲の膨張ではなく,中央の星がフラッシュ光を発したものがエコー      として伝わってゆくもの.
○星の最期   → 大きな星の最期は「超新星爆発」   ・超新星爆発残骸星雲 (Super Nova Remnant, SNR) M1(ハッブル)  ・1987A超新星の姿 爆発前爆発光のエコー7年後,  (1000年後数万年後=NGC6992
○メシエカタログあれこれ *欠番  M40(二重星),M48(NGC2548らしい)M102(不明), M91(NGC4548の可能性) *追加  M104〜M110 *メシエマラソン   → 3月下旬の頃は太陽の周辺にメシエ天体がないので,日没直後から日の出直前ま     で観測すれば一晩でメシエ天体がすべて見られる.     1958年3月23-24日に,アマチュア天文家の Gerry Rattley という人が初めて実行     したという.     → アストロアーツの解説
※質問 *回転ディスクとジェットについて:  → ガス体が重力に引かれて集まってくると回転を始め,重力体mの周りに回転円盤が    できる.すると,その円盤の回転軸方向(すなわち円盤に垂直方向)にジェットが    噴き出す.バグ星雲の動画や,ハービック・ハロー天体の写真に見られる. *メシエカタログの原本はどこで見られるか?  → (後の調査)フランスの科学アカデミーのアーカイブ(文書保管)にあるようで,    一般には公開されていないと思われる. *M23, NGC3503, IC654 などの名前は,さらに今どうなっているか?  → 作成されたカタログ名に,そのカタログでの通し番号などを付けて呼ばれる.    たとえば,1995年に中心に巨大ブラックホールが発見された M106 銀河は,    SDSS カタログでは,"SDSS J121857.50+471814.3" という名前で呼ばれる.  → さらに,標準的な天体名の名付け方の指針,     "Dictionary of Nomenclature of Celestial Objects"    というのが定められているが,あまり守られていない.