12月19日(土)、葛西 徹 先生講演記録   (中嶋作成)

宇宙宅急便 こうのとり


(以下の3部構成)
1. 国際宇宙ステーション(ISS)計画の概要
2. 宇宙ステーション補給機(HTV: 愛称 こうのとり)
3. 将来に向けて

1. 国際宇宙ステーション(ISS)計画の概要

1 ISS(International Space Station)計画
   世界最大級の国際協力プロジェクト
 • アメリカ、カナダ、欧州諸国(欧州宇宙機関(ESA))、日本、ロシアなど計15ヶ国が参加

2 施設の概要
   高度約400kmの地球周回軌道に建設

3 計画の目的
   多目的有人宇宙施設として
 A) 研究開発プラットフォームとして利用
 B) 国際宇宙探査という枠組みの中で、有人宇宙活動を推進する拠点としての役割も担っている


国際宇宙ステーションの大きさ、軌道
 • 国際宇宙ステーション(ISS)
   大きさ 約108.5m x 約72.8m   (サッカーのフィールドと同じくらい)
   重さ 約420トン
   軌道 運用高度 約400km  (地球一周約90分、秒速約7.7km)  軌道傾斜角 51.6°

  
  (http://www.engadget.com/2011/03/10/
    nasa-says-international-space-station-is-now-essentially-compl/ より)


日本が宇宙ステーション計画へ参加することの意義
 1.国際共同ミッションへの参加により日本の立ち位置を向上させた
 2.人類の宇宙への活動領域の拡大に貢献
 3.人類の健康増進への貢献する(生化学実験データ取得など)
 4.地球観測と災害対応への貢献(軌道上から監視)
 5.地球規模の教育への貢献(さまざまな教育プログラムの実施)
 6.次世代の科学や技術の促進(宇宙の謎に迫る天文観測や新技術の実証)


NASAが提案した宇宙ステーションの初期コンセプト(1981年)
 A) Orbiting repair shop for satellites  (人工衛星修理工場)
 B) Assembly point for spacecraft  (月や火星に向かう宇宙船の組立)
 C) Observation post for astronomers  (天文学用観測所)
 D) Microgravity laboratory for scientists  (科学者向け微小重力実験室)
 E) Microgravity factory for companies  (企業向け微小重力工場)

 出典: Tiros Space Information ‐ News Bulletin October 2015,
    Cancelled Projects: Space Station Freedom


国際宇宙ステーションの歴史
 1984年   アメリカ合衆国 レーガン大統領が提唱
 1985年   日本、欧州、カナダが参加表明
 1993年   ロシアの参加、設計の見直し
 1998年   最初のモジュール打上げ
 2000年   若田宇宙飛行士が建設に参加
        11月から3名の宇宙飛行士常駐開始
 2008年3月 日本実験モジュール(JEM=きぼう)「船内保管室」、土井宇宙飛行士が組立
 2008年6月 きぼう「船内実験室」「ロボットアーム」、星出宇宙飛行士が組立
 2009年7月 きぼう「船外実験プラットフォーム」「船外パレット」、若田宇宙飛行士が組立
 2009年9月 HTV1号機打上げ
 2011年1月 「こうのとり」HTV2号機打上げ
 2011年7月 ISS組立完了
 2012年7月 「こうのとり」HTV3号機打上げ
 2013年8月 「こうのとり」HTV4号機打上げ
 2015年8月 「こうのとり」HTV5号機打上げ


2. 宇宙ステーション補給機(HTV: 愛称 こうのとり)

   国際宇宙ステーション(ISS)での活動に無くてはならない物資補給、
   それを支える日本の無人補給船(宇宙船)「こうのとり」

 ・運ぶモノは、「食糧」「水」等の生活必需品、そして、実験装置や試料。
 ・日本の物資だけでなく、ISSに参加する国の物資も、種子島から宇宙へ。
 ・現在、ISSに物資補給能力を保有するのは「日本・米国・ロシア」の3国のみ。
 ・2015年9月に5号機の運用を完了
 ・9号機までの打上げ・運用が計画され、日本の存在感を示すことが期待される。


機体概要
    大きく3つのモジュールに分けられる.
  
  (図は,http://www.jaxa.jp/countdown/h2bf2/overview/htv_j.html より)


こうのとり(HTV)はどこで製造されているか?
  


「こうのとり」の運用
 ・打ち上げ
 ・H-IIB/HTV 分離
 ・ランデブフェーズ
 ・ISS近傍運用フェーズ
 ・ISS離脱フェーズ
 ・軌道離脱
 ・再突入

 地上との通信は,静止軌道上のNASAデータ中継衛星(TDRS)を使用.
 HTVの位置は,GPSシステムを使って計測.
 再突入は,ISSで出たゴミを満載して,南太平洋に確実に落下させて投棄.


ビデオ 「こうのとり」未来へ飛翔する宇宙船」
 1997年始まる.
 1999年,「おりひめ」「ひこぼし」でランデブ実験の成功
 有人安全の問題で NASA の厳しい審査があり,苦労した.
 2009年9月,1号機打ち上げ.
   8月18日キャプチャ成功.
 2号機3号機次々成功している.


「こうのとり」ミッション実績
  


(日,米,欧,露の)ISS補給機の比較
  

  米国の Cygnus, Dragon は民間企業.
  欧州の ATV は終了.


ISSに対する物資補給の貢献割合
   Space Shattleが退役した翌年の2012年には,船外物質の輸送は日本が100%
   貢献している.


こうのとり5号機ミッション
 • ISSへの物資輸送
  – 日本、アメリカ、ロシアが計4機種の補給機を運用中(2015年時点)
 • アメリカ: SpaceX社Dragon、Orbital ATK社 Cygnus
 • ロシア: Progress
 • ヨーロッパ宇宙機関: ATVは2014年の5号機で運用終了
 • こうのとり5号機打ち上げ直前(2015年8月)の状況
  – 2014年10月にCygnus打ち上げ失敗
  – 2015年4月にProgress打ち上げ失敗
  – 2015年6月にDragon打ち上げ失敗
  → 他国の補給機が相次いで失敗、こうのとりの重要性が増大.

 こうのとり5号機が失敗するとISSが物資不足になる可能性があった


「こうのとり」5号機が運んだ主な物資
ISS運用に必要な物資
 • ISSシステム補給品
  水再生システム用ポンプ/フィルタなど
 • 食料(生鮮食品など)、飲料水、生活用品

「きぼう」利用品(実験装置)
 • 小動物飼育装置
 • 静電浮遊炉
 • 多目的実験ラック2
 • 簡易曝露実験装置2号機
 • 高エネルギー電子・ガンマ線観測装置(CALET、船外装置)


「こうのとり」5号機ミッションハイライト
 • 2015年8月19日 20時50分49秒(日本時間)
  「こうのとり」5号機/H-IIBロケット5号機打ち上げ
 • 2015年8月19日∼24日 ISSへ接近する「こうのとり」
  
   (Wikipedia, https://ja.wikipedia.org/wiki/こうのとり5号機 より)
 • 2015年8月24日19時29分(日本時間) ISSロボットアームで捕獲
 • 2015年9月29日 1時53分(日本時間) ISSロボットアームからの放出
  
  (http://www.astroarts.co.jp/news/2015/09/30htv5/index-j.shtml より)
 • 2015年9月29日 5時33分頃(日本時間) 大気圏再突入


こうのとりを作り上げるために必要となった技術
 • 日本が初めて作った宇宙輸送船
  – 人工衛星や惑星探査機を作る場合とは異なる技術的な難しさがあった。
 • 例
  1 自動ランデブ技術(実はアメリカもこの技術を持っていなかった)
   1997-1999 「おりひめ・ひこぼし衛星」で距離10km程度のランデブ実験実施
   しかし、高度差400km・距離数万kmの差を埋める地上からのランデブは経験なし

  2 キャプチャ(捕まえること)&バーシング(船を定位置に停泊させること)技術
   宇宙空間に浮いた16トンの宇宙船をロボットアームで捕獲する技術

  3 ISS規格で輸送船を設計する難しさ
   有人安全要求への対応(衝突回避、リチウムイオン電池の発火問題など)
   決められた日時に荷物を届ける難しさ
     宇宙ステーション側の都合で到着日が変わる
     到着は必ず日本時間の午後8時ごろ(宇宙飛行士の勤務時間で決まる)
     到着が遅れると、次の宇宙船が離脱、または接近できない


ドッキングと,キャプチャ&バーシングの違い
  HTV はキャプチャ&バーシング方式.
    同時期にヨーロッパが開発した無人自動補給船ATVはドッキング方式
    を採用した

  HTV のキャプチャ&バーシング方式は, Space Shuttle の
  多目的補給モジュール(Multi-Purpose Logistics Module : MPLM) の発想が原型
    NASAが主導して開発(大型貨物を運ぶ専用コンテナ)
    Space Shuttleで輸送し、ISSへドッキング後、ロボットアームでISS共通結合機構に
    取り付け

  ドッキング方式のポート内径は約80cm、MPLM の共通結合機構ハッチの内寸は約130x130cm


バーシング方式のメリット・デメリット
 • メリット
  – ハッチを大きくすることが可能
    大きな荷物の輸送が可能。特に幅120cmの共通規格ラックを通過させることができる。
    荷物の移送が楽(時間短縮。宇宙飛行士の時給は非常に高いので結構重要)
  – Point of No Return(ブレーキを掛けても衝突が避けられない位置)が無い.

 • デメリット
  – ロボットアーム捕獲直前に自動制御を完全に停止させないといけない.
    ロボットアームに異常があっても、宇宙飛行士がコマンドを打たないかぎり逃げ
     ることができない.
    構造が弱く、高額なロボットアームとの衝突の可能性がある.
  – クルーが宇宙ステーションに滞在していないと捕獲できない.
    例えば月周回ステーションに事前に荷物を送るような使い方ができない.


有人安全という難しさ
 • 基本的ルール
  – どんな組み合わせの2つの異常が起きた場合でも、宇宙飛行士の生命を脅かさないこと.

 • 人工衛星との違い
  – 人工衛星
     異常時は発電と通信が維持できれば良い.
  – 有人安全が要求される宇宙船
     「絶対」にISSと衝突してはいけない
      → 故障発生時は何が故障したか識別し、正常な機能を使って離脱できること.
      → 最終接近以前の軌道は、全機能を失ってもISSに衝突しない軌道であること.

 • 空気のある空間では火災が起きる可能性がある → 区画閉鎖・消火

 • リチウムイオン電池はISS近くでは充電禁止 → 予備電池を搭載.
   リチウムイオン電池充電異常時の発火問題は航空機(Boeing787)で有名.


有人安全に対応する安全な接近軌道設計
  
  (http://iss.jaxa.jp/kibo/library/press/data/htv3_presskit.pdf より)

 すべてのエンジンが故障しても,ISS 200m 以内に近づかないように.



3. 将来に向けて

こうのとりアップグレード計画
  – こうのとりは9号機まで打ち上げを予定しており、少しずつ設計を見直している。
  – メンバーは徐々に若手に交代しているので技術力維持のためにアップデートは必要

 • こうのとりアップグレードの例
  HTV2 国産通信機に置き換え
  HTV3 国産エンジンに置き換え
  HTV4 科学ミッション機器追加(帯電センサ)
  HTV5 科学ミッション変更(帯電・プラズマ密度・マイクロデブリ計測)
  HTV6 ISS NASAバッテリ輸送能力追加
     科学・工学実験(テザー推進実験)、薄膜太陽電池実験
  HTV8 姿勢制御系を大幅見直し

  この他、与圧カーゴ搭載能力向上のため、毎号機搭載方法を改善中


2020年代のISS計画(文部科学省)
  

 重要なキーワード
  • 「将来への波及性」
  • 「将来の様々なミッションへの発展性を有するサービスモジュール」
    – サービスモジュール: 制御コンピュータ、電力制御・分配、通信、推進シス
     テムといった宇宙船の主たる機能を搭載した部分

  A) 現在のHTVの技術レベル
    1990年台の人工衛星技術の集合体(一部最新技術)
  B) 2020∼2030年台を見据えた技術とは?
    様々なミッションに対応できる柔軟なシステムとすることで補給ミッション以外に
    も使用可能なサービスモジュールが欲しい
     – システムを柔軟に変更できること → 簡単に装置を接続できること
     – 荷物を多く積むためには、軽量・コンパクトなシステムが必要

 現在、2020年以降の宇宙活動を念頭に、HTVに代わる新しい宇宙船の検討を進めています.


「柔軟なシステム」の例,軽自動車のプラットホーム化
 • 台車
   – 基本的に共通です
 • エンジン:
   – ほとんど共通ですが、好みに合わせてターボあり/なしが選べます
 • ボディ: 用途に合わせて選べます
   – コンパクト、やや背が高い、スライドドア、積載量を最大

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[質問]

*与圧モジュールに人が入れるか?
 > 潜水艦の技術、十分可能.

*何故水の輸送が必要なのか。また、水を直接運ぶのではなくて酸素と水素に
 分けて輸送することは検討されなかったのか?
 > ISSでは排水からのリサイクルを行っているが、浄水技術が不十分なため
   追加の水輸送が必要。
 > 酸素ガスと水素ガスに分割して輸送し、燃料電池で発電しながら飲料水を
   作る手法はNASAがアポロ~シャトル時代に使っていた。
   しかしISSは巨大な太陽電池を持っていて電力に余裕がある一方、燃料電池
   システムは重いため、この手法を採用するメリットが無い。

*ISSで地球接近の小惑星探査はできないか?
 > ISSは低軌道を周回するため軌道速度が速く、地球近傍の天体の観測は
   得意では無いと思う。
   X線を使って全天の恒星を観測するような方法には向いており、実際に
   超新星を検出するためのX線望遠鏡が搭載されている。

*ISSから月や火星へ行くというアイディアがあったそうだがなぜ実現しなかったのか?
 > ISS軌道は高緯度に位置するロシアのロケット発射場を考慮して
   決められているため、そこから月や火星に行くのは燃料が無駄になる。
   またISSにドッキングするための装置なども無駄な重量となるので、
   ISSに寄ってから別の目的地へ行くというアイディアは実現していない。

*フェイスブックなどへの投稿はどのようにするか?
 > ISSはインターネットにつながっている。 TCPIPのパケットを流せる.
   将来はHTVにもつなげられるようにしたい。

*予算の減額?
 > 宇宙ステーション予算は徐々に減額されており、将来さらに減額されると
   予想しているが、新型輸送機のコストが半分になると製造している企業の
   収益が圧迫されることは事実。
   輸送機の打上頻度を向上させるか、別の用途にも使用できるようにする
   などの方策が必要だと思う。

*リスク判断の重要性について
 > 非常に重要な点であり、我々も判断ミスにより必要以上にコストを削減して
   いたら事故を起こしていたかもしれない。

*日本の宇宙開発に関する一般への浸透に関して
 > 実際のところ、現場は機体の製造や運用に手がいっぱいで広報活動に
   割ける余力が不足しており、JAXAウェブサイトなどに情報を探しに
   来られる方に対しては申し訳ないと考えている。
   今後はもう少しタイムリーな情報が発信できるような方策を考えたい。


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              以上,文責 中嶋(講演者からのコメントを含む)