2016年3月19日 第600回 月例天文講座 第600回記念講演

アインシュタインの一般相対性理論とインフレーション宇宙論

              自然科学研究機構 機構長 佐藤勝彦 先生

◎講演要旨

 駿台学園天文講座が、2015年度で50周年を迎えられるということ、まことにおめでとうございます。
 2015年といえば、アインシュタインが一般相対性理論(一般相対論)を1915年に発表してからちょうど100年となります。 時空の物理学、一般相対論の成立により宇宙の始まりから宇宙の進化を科学的に研究することが可能となりました。 1922年、一般相対論によって宇宙が膨張することが予言され、1929年、エドウィン・ハッブルによって観測的に宇宙が膨張していることが実証されました。さらにジョージ・ガモフにより宇宙は火の玉として始まったというビッグバン理論も、これから予言される宇宙背景放射の発見(ちょうど50年前の1965年)によって実証されました。

 しかし、なぜ宇宙が膨張を始めたのか、なぜ火の玉で始まったかは謎のままでした。1981年、私やアメリカの A.グースは素粒子の理論、大統一理論と一般相対性理論を組み合わせることにより、誕生直後のミクロな宇宙は急激な膨張を引き起こし100桁も一挙に大きくなり、この急膨張が終わるとともに宇宙は大量の熱が発生し火の玉宇宙になったのだという理論を提唱しました。このような宇宙初期の急膨張は今日インフレーションと呼ばれ、またこの理論はインフレーション理論と呼ばれています。さらに、この理論は急激な膨張の過程で物質密度の揺らぎ、つまり密度の凸凹が生まれ、これが火の玉宇宙が冷却する過程で、銀河や銀河団など宇宙の構造に成長するのだと予言します。 アメリカのNASAの打ち上げた宇宙背景放射観測衛星COBEは、1992年、宇宙開闢から38万年ころの宇宙を観測しインフレーション理論の予言どおりの密度揺らぎを発見しました。さらにCOBE衛星の後継機WMAP衛星(2003年)や欧州宇宙研究機構のPlanck衛星はさらに細かく観測を行い見事にインフレーション理論の予言どおりであることを示しました。インフレーション理論はこれらの観測によって大きく裏付けられましたが、インフレーションの瞬間を観測したわけではありません。

 いま、世界でインフレーションの時代に放出された重力波を捕らえ、インフレーションの現場を直接観測しようという計画が立てられています。重力波はアインシュタインの一般相対論が予言する波で時空の歪が光速で伝播するものです。しかし直接に重力波を観測することは2015年現在まだ実証されていません。これは、重力波がたいへん微弱な信号しかもたらさないからです。2015年、最先端技術を備えた装置 KAGRA が、東京大学宇宙線研究所、神岡宇宙素粒子研究施設に設置されました。これにより、二つの星が互いに回っている連星が、衝突合体するときに放出される重力波が観測されると期待されています。100年来のアインシュタインの宿題とも言われる「重力波の直接検出」が、近い将来に実現すると期待されています。

 しかし、インフレーションから放出される重力波は波長が長くKAGRAでは観測できません。いま、欧州宇宙研究機構で3つの人工衛星でレーザーをやり取りすることによってこれを捕らえようとするLISA計画が進行中です。しかし、観測が可能となるまでに十余年はかかるでしょう。いま直接観測ではなく、宇宙背景放射観測を精密に観測し、インフレーションから放出された重力波の痕跡を見つけようとする計画が進んでいます。日本の研究者による POLARBEAR 計画をはじめ、世界中でいくつもの計画が進行しています。うまくいけば数年先には痕跡が見つかりインフレーション理論の検証ができるかもしれません。

 今宇宙論の研究は素晴らしい時代を迎えています。相対性理論の誕生から100年、人類学、地球科学などと連携することによって人類の宇宙における位置も描きだされてきました。しかし、同時にダークマター、ダークエネルギーなど正体不明な物質エネルギーによって宇宙が満たされていることもわかりました。 謎が生じることは科学にとって喜ぶべきことです。なぜなら謎を解くことで科学は進むからです。