2016年10月15日 第607回 月例天文講座 

宇宙の始まりの理論について ー 超ひも(弦)理論との関連から

           駿台学園天文講座顧問、一橋大学名誉教授、中嶋浩一
講演要旨
1.はじめに
 超ひも理論(超弦理論)は、「すべてのものの根源は『ひも』(あるいは『弦』)とその振動である」 とする大変不思議な理論です。そしてそれは、現代物理学の根本問題を解決する理論かもしれない として、近年大変注目されています。「宇宙の始まり」も物理学の根本問題の一つであり、この大きな ナゾをも解決してくれるかもしれないのです。そこで駿台学園天文講座でもぜひ超弦理論をテーマとして 取り上げ、皆で勉強したいということになりました。  幸いなことにこの11月の天文講座にて、この超弦理論の第一人者である京都大学の杉本茂樹先生の お話しを伺うことに なりました。ただ、なにぶんにも超弦理論は大変難解な理論です。杉本先生のお話をよく理解する ためにも、「宇宙の始まり」の問題については私達の方でしっかり予習しておく必要があると思います。
2.「宇宙に始まりがあった」ことはどうしてわかったか。
 今でこそ「宇宙の始まり」はほとんどすべての天文学者・科学者に受け入れられている考え方 ですが、なぜ、またいつごろからそのようになったのでしょうか。  きっかけは「宇宙の膨張」の発見でした。宇宙膨張の発見に至るまでのエピソードもいろいろ あるのですが、今回は膨張を出発点として話を進めて行きたいと思います。膨張という現実を 目の前にして、人々は宇宙と時間との関係に思いを馳せることになったのでした。  「宇宙の膨張」は、単純に考えれば時間を逆にたどって「宇宙の始まり」に行き着くことに なるのですが、話はそんなに簡単ではありません。宇宙に始まりがあったとすれば、「始まりの 前はどうだったのか」、「なぜ始まったのか」など、大きなナゾが私たちの前に立ちはだかってくる からです。天文学者たちも、そんなに簡単に宇宙の始まりを受け入れたわけではありません。  「宇宙の膨張」の観測事実に対し、3つの解釈(すなわち「理論」)が提示されました。これが どのように選別されたかを見ることによって、「宇宙の始まり」が受け入れられるプロセスを理解 することができます。  3つの解釈とは、次のようなものです: 1)宇宙の膨張を示したとする観測事実は別の解釈が可能であり、したがって宇宙は膨張していない。 2)宇宙は確かに膨張しているが、膨張しながらも少しづつ新しい宇宙に生まれ変わるので「始まり」 というようなものはなかった。 3)宇宙の膨張を時間的に逆にたどれば、現在の全宇宙が小さな一か所に集まっていたことになり、 そこは超高密度・超高温の「火の玉」状態だった。そしてそれが宇宙の始まりである。  当初は2)の理論が最も無理のない説明、として広く受け入れられていましたが、結局、いろいろな ナゾをはらみながらも3)の理論が正しいということになりました。そしてその決め手になったのは、 50年前に発見された「宇宙背景放射」だったのです。講演では、これについて詳しく説明します。
3.宇宙の始まりの理論、「標準理論」
 前項で、宇宙の膨張のナゾについていろいろな理論が提示され、結局ある決め手によって人々が あまり期待していなかった「宇宙の始まり」が現実のものとなったことを見てきました。宇宙膨張の ナゾの解決はさらに大きなナゾの出現となったのです。この大きなナゾを説明する「理論」はどう なっているでしょうか。  これについては、前項のようにいくつかの理論が甲論乙駁をするのではなく、大筋で一つの理論が 「標準理論」として受け入れられています。「標準理論」というのは、「まだあまり決め手になる 観測などはないが、とりあえずこの線に沿って研究を進めよう」という立場の理論です。観測や実験が 進むにつれてますます理論が確かなものになって行くということも期待されますが、逆にどうしても 現状と合わなくなって大改訂される、ということもあり得ます。  現状の「宇宙の始まりの標準理論」とは、次のようなものです: 1)宇宙の始まりは、現在の宇宙の膨張をそのまま逆に辿ったものであり、宇宙存在のすべてが ごく狭い場所に集まった「超高密度・超高温の火の玉」状態だった。 2)したがって、「このような状態では物質やエネルギーはどうだったか」を考えるのが宇宙の始まり の理論、ということになる。以下、温度の低い(と言っても1万度)状態から順に説明する。 3)1万度であれば物質はすべて「電離ガス」状態であり、ちょうどネオン管の「光るガス」状態 であった。もちろん宇宙は不透明で天体らしいものは何も見えなかった。 4)10億度くらいになると、物質の本体である「原子核」もばらばらになり、陽子と中性子の飛び回る ガス体状態になる。 5)陽子や中性子は「クォーク」というもので構成されている、ということがわかっているが、温度が 1兆度くらいではこれもばらばらになる。しかし密度も超高密度になるため「ガス体」ということばは そぐわなくなり、「クォークのスープ」状態などと言われる。 6)クォークはそれ以上ばらばらにはできないと考えられており、これ以上温度が高い場合は別の現象 を考えて行かねばならない。そのような現象として、現在の標準理論では「力の分化」が考えられている。 そして千兆度あたりでは、電子などが関与する「電磁気力」とニュートリノなどが関わる「弱い力」 とが、未分化の力「電弱力」であったと考える。 7)さらにこの力は、10の28乗度という温度では原子核の中に働く「核力」または「強い力」と一体に なっている、と考えられる。 8)宇宙では、上記の3種類の力と「重力」の計4種類の力があらゆる現象を支配している、と考えられ、 10の32乗度という温度ではこれらがすべて一体となっていたとされる。そしてこれが宇宙の究極の始まり であると考えられる。  この究極の始まり「以前」の宇宙、また「なぜ始まったか」というナゾについては、それを説明する 理論があることはあるのですが「標準理論」にはなっていないので、ここでは省略します。  また、4種類の力とその一体化(これを「統一理論」という)については下図のようになっています。 詳しいことは講演で説明しますが、最後の「究極の統一理論」として有力候補となっているのが、次回 のお話の「超ひも理論」であるいうことです。