2019年2月16日 第635回 月例天文講座 

歴史書から探る太陽活動

  京都市立芸術大学美術学部准教授 磯部洋明



 空を見上げ、身の回りの自然を観察し、それらを記録に残してきたのは、科学者だけではない。古代から様々な人々が残してきた自然現象の記録は、現代の自然科学にとっても大変有用で、かつ他の手段では得られない情報を有している。またこれらの情報は単に自然科学にとって有用であるだけでなく、人々の自然認識や科学的思考がどのように変化してきたかを物語ってもくれる。

 歴史的な文献に残された天変地異の記録は地震や災害の分野では古くから活用されてきた。天文学の分野では、超新星爆発や彗星、そして太陽黒点やオーロラの記録など、様々な記録が研究に活用されている。特に太陽黒点とオーロラの記録は、太陽活動の長期変動が地球環境に与える影響や、人工衛星や送電線網などに甚大な被害を与える極端宇宙現象への関心の高まりとともに、近年急速に関心を集めている。

 観測史上最大の太陽フレアとそれにともなう地磁気嵐は1859年に起きたイベントで、観測したイギリスの天文学者の名前にちなんでキャリントンイベントと呼ばれている。人工衛星等の宇宙インフラが発達した現代においてキャリントンイベントと同規模の現象がおきると、その経済規模は2兆ドルにのぼるという米国の試算がある。ところが、2012年には京都大学のグループが、キャリントンフレアの100倍から1000倍にもなるいわゆるスーパーフレアが、太陽型の恒星で普遍的に起きていることを発見した。この結果は、太陽でも数千年に一回程度の頻度で同規模の現象が起きる可能性を示唆している。

 近代観測が始まる以前の記録から、そのような超大規模の太陽フレア・地磁気嵐の情報を得られないだろうか?この科学的要求をかなえてくれるのが、日本や中国などの中低緯度地域で見られるオーロラの記録である。北海道ではオーロラが見えたという報道が10年に1回程度あるが、実は関東や関西などでも100~200年に一回程度はオーロラが観測されている。これらの記録を丹念に吟味することで、太陽活動の長期的な変遷や極端に巨大な太陽フレアが起きる可能性を探る研究の成果を本講演では紹介する。

 歴史書の記録を科学的データとして利用するには、単に過去の文献が読めるだけではなく、その文献の信頼性や書かれた文脈などを読み解くことができる歴史学者の参画が欠かせない。また、多くの場合一つの記録をオーロラと断定することは困難だが、オーロラはグローバルな現象であるため、日本、中国、西洋など世界の様々な地域で同時に観測された記録を照合することでオーロラであることを確かめることができる。本講演では自然科学者と歴史学者が共同で研究することの苦労や面白さも紹介したい。




[参考](中嶋記)
*右上カットは,国立極地研のページより.
 江戸時代の1770年に,京都でオーロラが見えたという記録があり,それの描写と考えられる三重県 松坂市の資料.(クリックで拡大.)
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2017年天文月報の,磯部先生の記事