2018年5月19日 第626回 月例天文講座 

ルメートル神父の宇宙

    一橋大学名誉教授  中嶋 浩一



 ルメートルという人は、ベルギーのカトリック教会の神父でしたが、神父としての仕事をきちんとしながら、一方で優れた天文学の業績を上げたという稀有な人です。特に「宇宙が膨張している」という考えは、かの有名なエドウィン・ハッブルよりも前に発表していたのでした。発表した論文誌が、あまり有名でないフランス語の論文誌だったために人目につかず、膨張宇宙の最初の発見者はハッブルだ、ということになってしまったのです。しかもルメートルは、「自分こそが第1発見者だ」というような主張はいっさいしませんでした。

 これ以外にもルメートルは、現代の宇宙観を先取りするような数々の研究発表を行っています。まず、宇宙が膨張している以上宇宙には始まりがあり、その始まりは単一の原子のような小さな小さな状態であった、と述べています。発表当時はだれもこの説に見向きもしませんでしたが、現在の宇宙の理論ではまさにそのとおりになっているのです。

 また、アインシュタインが「わが生涯最大の過ちだった」といって撤回したという「宇宙項」について、ルメートルは「これはやはり考慮しなければならない」と述べていました。これも当時は賛成する人は少なかったのですが、近年、宇宙の加速膨張が発見されて、ルメートルの言うとおりだったことが明らかになりました。

 さらにあのブラックホールでさえも、ルメートルは新しい知見をもたらしたのでした。

 ルメートルがこのように、アインシュタインをもうならせるような数々の成果を上げることができたのはなぜでしょうか。彼がキリスト教の神父で、聖書や神を信じていたからでしょうか。彼にとって、キリスト教と科学、あるいは宗教と科学との関係はどのようなものだったのでしょうか。この点について、講座でいろいろ検討してみようと思います。


[参考](中嶋記)
*右上カットは,ルメートルとアインシュタイン.
  (Cathoric Education Resource Center のページより.クリックで拡大.)
*ルメートルの評伝:『ビッグバンの父の真実』ジョン・ファレル著,吉田三知世訳
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