2019年5月18日 第638回 月例天文講座 

天の川で「見えない」ブラックホールを探す

    慶應義塾大学理工学部 教授  岡朋治先生


 ブラックホールとは、その強大な重力のために光すら脱出できなくなった天体のことである。太陽の30倍以上の質量をもった恒星が、その進化の最終段階で大爆発を起こし、残された芯がブラックホールになると考えられている。ブラックホールの近傍では時空が強く歪められ、光の軌跡が曲げられるのみならず、時間の進み方が遅れるなどの相対論的効果が現れることが予想されている。

 さて、私たちの住む太陽系は、「天の川銀河」という巨大な渦巻銀河の中にある。天の川銀河の中では、これまでに約60個のブラックホール候補天体が確認されている。これらは中心核を除いて全て近接連星系であり、伴星からの豊富な質量降着に伴う重力エネルギー解放によって輝いている。一方で理論計算からは、天の川銀河中の存在するブラックホールの総数は1億個から10億個と算出されている。つまり、そのほとんどは単独で浮遊する「野良ブラックホール」なのである。

 そのような野良ブラックホールは、どうすれば観測できるのであろうか? 我々のグループでは2013年、全くの偶然にその手がかりを掴んだ。天の川銀河の円盤部にある星間雲の運動を調べていた一人の大学院生が、異常な速度幅を有するガス成分を発見したのである。「弾丸(bullet)」と名付けられたこの成分は、空間的に局在しており、毎秒120キロメートルもの速度で運動していた。これは、30太陽質量以上の点状重力源が高速で星間雲を突き抜けたと考えれば説明できる。これは、件の野良ブラックホールの一つを間接的に検出したものと考えられる。

 我々は、同様の方法で天の川銀河中の「見えない」ブラックホールを検出できる可能性を指摘している。天の川銀河の中心領域においては、分子スペクトル線による広域観測から、百個ほどのコンパクトかつ速度幅が異常に広い分子雲を検出した。このうちの幾つかは、数万から数十万太陽質量の暗い点状重力源に起因する構造と考えられる。このような質量のブラックホールは「中質量ブラックホール」と呼ばれ、銀河中心核に遍く存在する「超巨大ブラックホール」の種と考えられている存在である。

 講演では、星間雲の運動をプローブにして「見えない」ブラックホールを探査しようとする我々の試みと成果を軸に、ブラックホール合体に伴う重力波の検出、超巨大ブラックホール・シャドウ検出等の最新の話題を交えながら、ブラックホール研究の魅力について解説する。



[参考](中嶋記)
*右上カットは,アストロアーツのページより.
*岡先生著書
 『銀河の中心に潜むもの』 慶應義塾大学出版会