2019年6月15日 第639回 月例天文講座 

スーパーコンピューター「アテルイII」で迫る宇宙の謎

    国立天文台理論研究部 助教  滝脇知也先生


 皆さんは天文学者の仕事をどのようなものと想像するだろうか?多くの人は夜に望遠鏡を覗く研究者像を想像するかもしれない。実は今となってはデータの保存の意味でも天体のデータはデジタルに処理され、望遠鏡の覗くというよりはパソコンの画面を見るようになったが、それでも天体を観測するという仕事の本質は変わっていない。

 実は世の中にはそもそも望遠鏡を使わないような天文学もあると言ったら驚かれるだろうか?その一つは理論天文学である。あの星は明るいとか暗いとか、赤いとか青いとかだけでは満足しなくなった研究者はあの星はなぜ赤いのだろうか?明るいのだろうか?という疑問を、物理学の理論を使って考え始めたのだ。ニュートンが天体の運行から万有引力の法則を思いついたように、天体の性質は比較的単純で美しい理論によって記述される側面がある。その理論は我々の宇宙がどのようなものであるのか、理解の地平線を広げてきた。

 望遠鏡を使わないもう一つの天文学はシミュレーション天文学である。実は天体の方程式が単純で美しく書かれていたとしても、人間は多くの場合その方程式を解くことができない。例えば太陽と地球のような2体の運動は解けても、そこにもう一つ木星などが含まれた3体の運動となると、人間は軌道を求めることができなくなる。そこで、そのような場合でも方程式の近似的な解を計算機で求めるシミュレーション天文学が発達してきた。

 そうしたシミュレーション天文学の中でも、特に大きな計算資源を要求するのは、重力の計算と光の輸送の計算である。先ほど3体問題は計算機を必要とすると書いたが、近年の銀河や大規模構造の計算では1億体以上の粒子が使用され、それぞれに対する重力が計算されている。光の輸送についても、これは本質的には6次元の問題であるため、例えば1次元あたり100の解像度を必要としたら、全部で100の6乗、つまり1兆の解像度が必要になる。こうした計算は家庭用のパソコンで行うのは難しく、スパコンと呼ばれる大規模な計算機で実行される。

 本講演では2018年6月に稼働を開始した国立天文台が誇るスパコン、アテルイIIを紹介し、そこで行われている重力の計算や光の輸送の計算の最新結果を紹介する。重力の計算については千葉大の石山さんの大規模構造の形成について、光の輸送については光と似た方程式で書かれるニュートリノの輸送を用いた超新星爆発の研究結果を示したい。後者は講演者の専門分野である。この機会にぜひ宇宙を計算で再現する面白さを感じていただければ幸いである。



[参考](中嶋記)
*右上カットは,国立天文台,天文シミュレーションプロジェクトのページ より.
*同上、スーパーコンピュータ「京」を用いた、超新星爆発シミュレーション(2014年4月)
*同上、アテルイIIの説明ページ(2018年6月)
*同上、ブラックホール撮像のシミュレーション(2019年4月)
国立天文台ニュース,2018年8月号 アテルイIIについて
滝脇先生と超新星爆発シミュレーション(計算基礎科学連携拠点、2015年3月)
滝脇先生ホームページ