2021年3月27日 第656回 月例天文講座  

シリウスの話

      元国立天文台  竹田 洋一 先生


 全天一の明るさで輝く大犬座の一等星シリウスは人々の生活に深く関わってきた星である。 古代エジプトでは復活の女神イシスの化身として崇拝され、またナイルの氾濫を知らせてくれるお告げの星でもあった、一方古代ローマなどでは 暑気の毒をもたらす障りの「犬の星」として畏れられた。不思議なことにシリウスを犬または狼と見立てる言い伝えは洋の東西を問わず世界中に広まっている。これほどに古典的伝承や歴史的文献にも度々言及されている恒星は類を見ない。

 19世紀から20世紀にかけての近代天体物理学の萌芽期においては異常な伴星 (白色矮星)の存在やその重力赤方偏移の検出など画期的な発見の舞台にもなったが、その過程においては色んな人々の努力の積み重ねや「事実は小説よりも奇なり」を思わせる混乱のエピソードもあった。かくまでにこの伴星の観測が難しかったのは一万倍も明るい主星がすぐそばにあることと、大きな離心率かつ長周期ゆえ観測の好機も限られ何十年もの忍耐を余儀なくされる事情があったのである。

 今日ではハッブル宇宙望遠鏡によるスペースからの観測など先進的な観測手法のおかげでこの連星系の物理的性質は かなり詳細にわかってきた、とはいえなぜ現在このような星になったのかという点については 未だに疑問点が残っており研究が続けられている。

 また近世以降この星にまつわる「歴史的赤いシリウス論争」(どう見ても白い星なのに古代の文献に赤い星と記録されているのはなぜか?)は特に興味深いテーマであるが、未だに決着は付いていない。しかしこの問題を考える上では科学的な考証以上にまず歴史的な背景を古代人の立場に立って理解することが重要になってくる。

 本講演ではこのような話題を中心に、シリウスという星が人類の文化史・科学史において果たした役割、並びに 現代天文学が明らかにしたその姿と未解決の謎、についてなるべく分かりやすくお話ししたい。



[参考] (中嶋記)
*右上写真は、ハッブル宇宙望遠鏡によるシリウスの画像。矢印は伴星のシリウスBを示す。(副鏡アームの回折ゴースト等あり。) http://www.spacetelescope.org/images/heic0516a/

*参考資料: 「重力赤方偏移と精密視線速度測定」(天文月報記事 より)