2023年3月18日 第684回 月例天文講座
素粒子と宇宙に魅せられた科学者の軌跡
宇宙を覗く新たな窓を求めて
南極アイスキューブ
千葉大学教授 吉田 滋
(右図は、IceCube実験制御室 ICL)
私の所属する、千葉大学の「ハドロン宇宙国際研究センター」のニュートリノ天文学部門は、アイスキューブ(IceCube)実験というニュートリノ観測実験に参加しています。
IceCube実験とは、南極点直下の氷中 1500mから 2500mの深さに 5160個の直径約 33cmの球状をした光検出器を埋め込んで宇宙から飛来する高エネルギーニュートリノを観測する国際共同プロジェクトです。
私たち千葉大学チームは、日本から唯一の参加機関です。2002年の観測施設建設当初からこの実験に携わっており、これまで発見された代表的なニュートリノ事象や、ニュートリノ起源の同定といった成果にも主要チームとして貢献しています。
IceCube実験装置の建設は 5年以上かけて行われ、2010年12月に完了しました。翌年の 4月からIC-86(86 本のストリングに連なった計5160個のDOM検出器)での全光検出器を用いた観測実験が始まりました。
その完成したIceCubeによる観測データを用いての解析により、千葉大学チームは、1.2PeV(PeVはエネルギーの単位で 10の15乗電子ボルト)と 1.4PeVのニュートリノが氷と相互作用して放射されたチェレンコフ光を捕えたと考えられる2つの事象を発見しました。
1つめの事象は、全検出器により観測実験開始間もなくの 2011年8月に検出されました。(1.04±0.16)PeVもの超高エネルギー宇宙ニュートリノ信号で、1 万個ものものすごい数の光子が、検出器に飛び込んできていました。
2つ目の事象は、翌年2012年1月に検出され、こちらも (1.14±0.17)PeVもの超高エネルギー宇宙ニュートリノと確認されました。後に、アメリカの長寿子供番組にあやかって Bert(バート)と Ernie(アーニー)と名付けられたこれらの2つの事象は、CGで作られたかと思うような綺麗な氷河シャワータイプの事象で、IC-86の検出器網の中心で炸裂した大きな信号でした。他の解析を行っていた際に入射角度推定の誤差があり、その誤りが幸いしこの大きな発見に至りました。
世界で初めての高エネルギー宇宙ニュートリノの観測ということが証明されました。これは1987 年にカミオカンデ実験が捉えたニュートリノ信号以来捉えることができていなかった太陽系外からの宇宙ニュートリノであり、この発見によりニュートリノ天文学の可能性がそれまでの一億倍以上の高いエネルギー領域にも広がることとなりました。
この成果は、理論的に予言されていた高エネルギー宇宙ニュートリノが実在することを示す世界初の観測として、千葉大学チームにより 2012年6月に開催された国際会議で発表されました。その後、EHE(超高エネルギーニュートリノイベント)に特化した解析の結果を千葉大学チームは速報論文にまとめ、科学誌「フィジカル・レビュー・レターズ Physical Review Letters」にて 2013年7月に発表しました。またこの発見を受け実施された追加解析の結果をまとめた論文を IceCubeグループは 2013年12月に「サイエンス Science」誌で発表しました。これらの成果は、宇宙ニュートリノの存在の揺るぎない証拠を示した解析として大きな評価を受け、イギリスの「フィジックス・ワールド」誌によりその年の物理学「ブレークスルー・オブ・ザ・イヤー」に選出されました。これは粒子を加速する宇宙「エンジン」によって作られたニュートリノが実在することを示唆する世界初の観測結果です。この成果により、宇宙全体の高エネルギーニュートリノの存在量の推定まで可能となりました。
講演では、途方もない大きなスケールで繰り広げられる宇宙の爆発的現象と途方もない小さなスケールで繰り広げられる超高エネルギー現象を、素粒子ニュートリノを使って統一的に理解しようという野望に挑んだ一人の科学者の道のりを通して、科学研究の知られざる姿を描きます。「科学する」というスピリットは、「勉強する」、あるいは「勉強ができる」という行為や能力とは別の次元にあります。野望の実現のために、南極の果てで実験することも厭わない、取り憑かれた人々(私もその一員です)の存在と経験が語る、若い人たちへの応援歌です。
(※本文は、下記ホームページの解説などから抜粋し、中嶋が構成しました。)
参考Web ページ
*ニュートリノとは?
http://www.icehap.chiba-u.jp/neutrinos/index.html
*IceCube 実験について
http://www.icehap.chiba-u.jp/icecube/icecube.html
*参考図書
https://shinsho.kobunsha.com/n/n45f49930c3ff
※(中嶋記)参考図書は、講座の年度末閉講式で、精勤者に副賞として贈呈されます。