第50回 七夕星を語る会 講演要旨
           JAXA 宇宙科学研究所   森 治 先生

日本の深宇宙探査技術 〜 はやぶさ,イカロスの先にあるミッション 


 地球を周回する人工衛星と異なり,惑星間を航行する深宇宙探査機では燃料の節約が大きな課題となっている.通常,宇宙機はガスジェットを用いて推進するが,多くの燃料を消費する.金星探査機「あかつき」の全体重量は500kgであるが,その内,ガスジェットの燃料重量は200kgも占める.金星は地球から最も近い惑星であり,他の惑星にガスジェットを使用して到達する場合には,さらに多くの燃料が必要となる.そこで,小惑星探査機「はやぶさ」では,ガスジェットに代わる推進機関としてイオンエンジンを開発した.イオンエンジンは格段に燃費がよくガスジェットの10倍である.このため,仮に金星探査機「あかつき」にこれを採用したとすると,燃料はなんと20kgとなる.この優れたエンジンのおかげで「はやぶさ」は世界で初めて小惑星サンプルリターンを実現できたと言っても過言ではない.

 本講演では,このイオンエンジンを上まわる究極のエンジンを紹介する.これがソーラーセイルである.ソーラーセイルは,太陽光の圧力を帆(セイル)に受けて宇宙空間を航行するものである.太陽の光さえあれば燃料なしで推進力を得ることができるため夢の宇宙帆船とも呼ばれる.このアイデア自体は約100年前からあり,SFでもよく登場するが,今まで実現されていなかった.JAXAでは,ソーラー電力セイル実証機「イカロス」を開発して,2010年に世界で初めてこれを実証した.なお,ソーラー電力セイルとは日本独自のアイデアであり,ソーラーセイルの帆の一部に薄膜の太陽電池を貼り付けることで,光子加速と同時に太陽光発電も行うものである.

 JAXAでは,はやぶさ,イカロスを踏まえ,新しい深宇宙探査計画を検討中である.本計画ではソーラー電力セイル探査機を開発し,はやぶさの2〜3倍の燃費のイオンエンジンとイカロスの10〜15倍の面積のソーラーセイルを組み合わせて,ハイブリッドエンジンとする.本探査機は,太陽系最後のフロンティアと言われる木星トロヤ群小惑星に世界で初めて到達し,子機を着陸させて直接探査する予定である.さらに,子機が取得したサンプルを親機に渡して地球に帰還することも目指している.これまで到着することさえ難しいと言われていた木星トロヤ群小惑星に対し,サンプルリターンまで実現できるのは,ソーラー電力セイル探査機が優れた推進能力を有するからに他ならない.本計画は,今後の太陽系探査を先導し,惑星間を自由に行き来できるようになる太陽系大航海時代を切り拓くミッションとなると確信する.

   

参考資料(中嶋作成)

森先生著書『宇宙ヨットで太陽系を旅しよう』岩波ジュニア新書,紹介
CD, DVD『イカロス君のうた』キャンペーンちらし
ユーチューブ『イカロス君のうた』