2015年8月1日(土),北軽井沢駿台天文講座,中嶋担当(1)

ブラックホール入門


◎講演要旨

 ブラックホールについてはSF的なイメージが先行していますが、一度、科学的・物理学的にしっかり勉強してみたいと思います。
 ブラックホールはアインシュタインの一般相対性理論からもたらされた、ということをまずしっかり理解する必要があります。
 一般相対性理論は、「物質の存在とそれによる時空のゆがみ」を計算する理論です。「時空」とは、空間と時間を一緒にした概念で、「時空がゆがむ」ということは「空間がゆがむと同時に、時間も進んだり遅れたりする」ということです。そしてこの時空のゆがみが「万有引力」すなわち「重力」をもたらす、とするのです。それゆえ、一般相対性理論は「重力理論」とも呼ばれます。また一般相対性理論の中心は、「物質の存在と時空のゆがみの関係を記述する方程式」ということになります。
 ちょうど百年前、1915年に一般相対性理論が発表された時は、方程式があまりにも難解なので「これを理解できる人は世界中で3人しかいないだろう」などと言われました。しかし世の中には頭の良い人はいるもので、大勢の研究者がこの方程式を理解した上でいろいろな計算を試みました。(「なんで時空がゆがむのだろう」などと悩む人はいなかったようです。)
 方程式を計算するということは、「解を求める」ということです。すなわち、いろいろ具体的な物質分布について、それに応じた時空のゆがみの状況を求める、ということです。具体例としては、「物質がどこまでも一様に分布した無限の空間」(すなわち宇宙を想定)で計算して解を求めると、「丸く閉じた宇宙」、「膨張する宇宙」などの解が得られるのです。(これを計算した人は、少なくとも4人はいます。)
 もう一つの例は、「物質が1点に集中した場合の、その周りの時空のゆがみ」の計算です。これは、ドイツの天体物理学者シュバルツシルトが、第1次大戦中、技術将校として従軍中に計算したもので、解の様子は「ゆがみが極端に大きくなり、底抜けのような状態になる」というものでした。これを見たアメリカの物理学者ホイーラーが、「底抜けの空間は光をも吸い込んで真っ黒く見える穴だ」と言ったのが「ブラックホール」の始まりです。
 当初ブラックホールは非現実的な単なる解と考えられていましたが、1995年、野辺山電波天文台の中井直正さんの発見をきっかけとして宇宙にこれが実在することがわかり、ブラックホールはSFから科学的な研究の対象となったのです。

◎アインシュタインの一般相対性理論

 1687年,ニュートンは『自然哲学の数学的諸原理』 (プリンキピア)を出版し,その中で「万有引力」の 理論を展開した.すなわち「すべての物体はその質量 に比例した力で引き合っている」というのである.
 ニュートンは,これによって「太陽の周りの惑星の 運動」,「地球の周りの月の運動」,「リンゴが地面 に落ちること」などが起こることを示した.
 ニュートン理論の数式は,
    
という形である.
 1915年,アインシュタインは,これらの万有引力が, 「時空のゆがみ」によって引き起こされ,また時空の ゆがみは「物質の質量」によって引き起こされる,と いう理論を発表した.これが「一般相対性理論」である.

(右上の写真は,アインシュタイン[左]と,オランダの物理学者,ヘンドリック・ローレンツ)

 「時空」というのは,講演要旨にもあるように,時間と空間を一緒にした概念で,空間のゆがみは平面の一部が凹んだようなもの,時間のゆがみは時計の進み遅れのようなものである.
 一般相対性理論の数式は,
    
という形であり,左辺は時空のゆがみ,右辺は物質の質量を表す.
 いずれも,「ベクトル」よりもさらに複雑な「テンソル」という数学を用いて書かれている.

 私達の宇宙の空間は「3次元空間」(3D)であるが,3次元空間のゆがみを視覚的に表すのは困難である.その代わり,「2次元空間」(平面),「1次元空間」(直線)を用いてゆがみを視覚的に表し,「類推」によって3次元空間のゆがみを理解することにする.
 1次元空間に物質(質量)がある場合の空間のゆがみは,例えば下図のように考えることができる:
    
時間のゆがみは「時計の遅れ」となる.
 2次元空間のゆがみは,例えば下図のように考えられる:
    

 このようなゆがんだ空間の中を,例えば「光」のようなものを直進させると,空間のゆがみによって「屈折」が起こると考えられる.私達の身の回りの物体では,時空のゆがみは大変小さく,屈折は測定不可能であるが,太陽のような大質量の物体の周りのゆがみは(ぎりぎり)測定可能である.
 1919年,英国の天文学者エディントンは,皆既日食を利用してこれを測定し,一般相対性理論が正しい理論であることを示した.
        

 太陽の何兆倍も巨大な「巨大銀河」では,はっきりとした光の屈折が認められ,「重力レンズ効果」と呼ばれる.
   
   (ハッブル望遠鏡による,銀河団 Abell 2218 の映像)


◎宇宙の全体構造 ー 方程式を解く

 宇宙は前図のような「銀河」で満たされていると考えられる.
 前出の「1次元空間のゆがみ」で,中央の物質を銀河とすると,銀河の周りの空間は図のようにゆがんでいると考えられる.そしてこのゆがみをそのままつなげてゆくと,下図のようになるのではないだろうか.
   
 そしてこのゆがみの連続を無限に続けて行くと,宇宙全体は「丸く閉じて」しまうのではないかと考えられる.
 アインシュタインは,前出の一般相対性理論の方程式で,右辺の物質の項を「物質(銀河)が一様にどこまでも分布する空間」として左辺の時空のゆがみを計算し,「丸く閉じた宇宙」が可能であることを示した.
 このように,右辺の物質の分布に具体的な例を代入し,その結果の左辺の時空のゆがみを計算することを「一般相対性理論の方程式を解く」という.そして得られたゆがみの形を「方程式の解」という.
 「物質がどこまでも一様に分布する」という条件を入れると,「丸く閉じた宇宙」の「解」が得られるということである.
 この方程式は大変高度な数学を使用しており,「これを理解できる人は世界中で3人しかいないだろう」と言われた.そしてこの解を求めることは大変困難であり,アインシュタインでも簡単には計算できなかったようである.また,解き方によっては丸く閉じていない宇宙の解も可能である,ということもある.
 
 ついでながら,宇宙の「空間」が丸く閉じているとすれば,宇宙全体の「時間」構造はどうなるだろうか.
 アインシュタインの計算では,宇宙が時間的にはどんどん収縮し,最後は潰れてしまう,というような解が出てきてしまった.そこで彼は「宇宙項」という考えを方程式に追加して,潰れずにいつまでも続く宇宙の解を求めたのである.
     
 しかしその直後にオランダの物理学者ド・シッターが,またロシアの物理学者フリードマン,ベルギーの天文学者・物理学者のルメートル,米国の数学者・物理学者ロバートソン,英国の数学者・物理学者ウォーカーらが,もっと一般的な時間解を求め,アインシュタインの解は不十分なのではないかと考えられた.
 そして1929年,米国の天文学者ハッブルが「時間的には宇宙は膨張している」ということを観測で示し,アインシュタインの「宇宙項」を含む解は取り下げとなった.

◎シュヴァルツシルトの解

 ドイツの天文学者,カール・シュヴァルツシルトは,
1916年,方程式の右辺に「物質の1点集中」という条件を
入れて左辺の時空のゆがみを計算した.
 物質がどんどん1点に集中してくれば,当然下図のように
ゆがみは大きくなると考えられる.
   
 そしてこれを無限に続ければ,下図のようになると考えられるだろう.
  
 これならば何も不思議なことはない.すなわち,物質が大きさゼロの1点にまで収縮したときに初めて無限大のゆがみになるのであるが,実際物質を大きさゼロにすることは不可能であるから,無限大のゆがみも不可能である.

 ところがシュヴァルツシルトの求めた解は下図のようなものであった.
  
 この解の場合は大変不思議なことが起こる.すなわち,物質をどんどん圧縮して行ってある大きさ(すなわち図の r = a の大きさ)まで縮めると,ゆがみが無限大になってしまうのである.
 数学の世界ならともかく,現実の宇宙で「無限大」などはあってはならないものであり,このシュヴァルツシルトの解は大きな論議を呼び起こした.
 計算上でこの無限大の状況を考えると,ゆがみは重力(すなわち万有引力)の大きさを表すから,重力も無限大となり,また空間も「底抜け」のような状況になっているから,どんな物でも吸い込まれてしまい決して外へ出ることはできない.また重さのない「光」でも時空のゆがみによって屈折し引きこまれてしまうので,かりに覗きこんでもそこは光のない暗黒の穴のように見えるだけである.
   このようなことから,米国の物理学者ホイーラーが,
この解を「黒い穴」すなわち「ブラックホール」と呼んだのが
ブラックホールの由来である.(以下,「BH」と略称)

 上の図で,半径にあたる a のことを「シュヴァルツシルト
半径」と呼ぶ.その式は,
      
と表される.
(c =光速、 G =重力定数、 M =中心物体の質量)


◎ブラックホールと天文学

 「シュヴァルツシルトの解」という予想外の結果が出てしまったが、シュヴァルツシルト半径を実際に計算してみると、このようなゆがみが現実に起こる可能性はない、と考えられる。
         M           a          可能性
   -------------------------------------------------------------
      地球         1 cm        ×
      太陽         3 km        × 
 実際,物質を究極の原子核の密度まで押し縮めても,太陽を半径3kmまで縮めることはできない.
 しかし「中性子星」が発見されて,状況は一変した.
 中性子星というのは・・・
 
   M              a          可能性
 -------------------------------------------------------------------------------
  地球              1 cm            ×
  太陽              3 km            ×
  3×太陽            10 km          中性子星の密度で可能
  1億×太陽            3×108km = 地球軌道直径   地球大気の10倍程度の密度
  銀河系 (1012×太陽)     3×1012km = 0.3 光年    地球大気の10万分の1の密度で可能
  全宇宙 (3×1011×銀河)    1011 光年          今の全宇宙そのもの!
                                          (我々は実はBHの中にいた!)
 
 ・3×太陽 程度の中性子星があれば、BHになっている。
   → はくちょう座の Cyg X-1 にそれらしいものがある。
      
 ・いろいろな銀河の中心部に、1億×太陽 程度の物体があることが電波の観測でわかる。
  これが大きさが太陽系程度であるかどうかがわかればBHの可能性がある。
    → 野辺山電波天文台の中井さんが、M106銀河の中心にこれの手がかりを偶然発見した。
      
     → これを日米の天文学者が共同で詳しく観測して、これがBHに違いないことを
      確認した(1995年)。
     → 太陽の3600万倍の巨大BHが存在することが確認された。
      
          → ほかの銀河中心にもBHがあるに違いない。(M87 銀河、われわれの銀河)       
      
        ・BHはジェットを出す。(「おほしさまぱらだいす」より)    → われわれの銀河中心からもジェットが出てくるかもしれない。