2015年12月19日 駿台天文台50周年記念講演     中嶋 浩一

望遠鏡と天体観測 - 人類の宇宙観の変遷


◎講演要旨

 望遠鏡は、まことに楽しい道具である。地上から山を眺める時、肉眼では豆粒のようにしか見えない登山者が、望遠鏡で見ると足を踏みしめて一生懸命登ったり一休みして汗を拭ったりする姿が見えてくる。また山の上から望遠鏡で下界を眺めると、はるか彼方にまだ行ったことも見たこともない世界が広がっていて、それらを探検してみたいという冒険心がわき上がってくる。これはアメリカの西部開拓者の気持ちにも通じるものではないだろうか。私も子供の頃は望遠鏡を眺めるのが大好きだった。

   

 もっとも長じて活動範囲も広がり、故郷の山の上から眺められるような範囲はほとんど行き尽くしてしまった昨今では、山の上から望遠鏡を覗いても昔のような感動が起こらなくなってしまった。寂しいことである。

 天体観測でも同じようなことが言えるだろう。初めて望遠鏡で月の表面や木星の衛星を見た時は、天上にも見知らぬ世界が広がっていることがわかり、もっともっとさらに遠くを知りたい、行ってみたいという気持ちがわき上がってくる。望遠鏡ももっと大きいものが欲しくなる。

    

 しかし天体の場合も、同じ望遠鏡であればいつ見てもあまり変わらない景色であるので、最初の感動や探究心はだんだん薄れてくるように思われる。しかし都会を離れた大変暗い夜空や、シーイングの格段に良い夜などに望遠鏡を覗くと、今でも昔の感動が呼び起こされてくる。

 ある程度望遠鏡の天体観測を窮めてしまえば、次は天体研究である。しかし現在では、天体研究を行うこと、すなわちプロの天文学者になるには、高度な数学や物理学を勉強しなければならず、望遠鏡だけでは難しい。それでも、アマチュアの天文学者の研究テーマもいくつかあって、主に突発的あるいは移り変わる天文現象のモニターなどに関するものはプロでなくても可能である。具体的には、彗星・新星の発見、変光星の観測、流星観測、黒点観測、など。これらの内、黒点観測は日中でも可能であるので、天文研究入門としては最もやりやすいのではないだろうか。

   

 これに関しては、駿台学園天文部の活動は特筆に値すると思われる。50年前の望遠鏡の設置以来、欠かさずスケッチを行っており、膨大なデータが蓄積されている。その成果としての「蝶形図」は、2005年までの40年間のものが完成しており、さらにその後の10年間のデータを付け加えて50年の集大成を公表すべく、現在データの作成を実行中である。2016年の日本天文学会講演会のジュニアセッションでこれを発表する予定になっている。

 太陽黒点の現象はまだまだわからないことだらけであり、天文学の専門研究の立場からも目を離すことができない現象である。なぜ黒点は11年という周期で増減するのだろうか。これが12年13年ということにはならないのだろうか。また、数百年前には黒点がほとんど見えない「マウンダー極小期」というのがあったが、このようなことがまた起こるということはないのだろうか。さらに、巨大黒点とその上の「スーパーフレア」という現象の可能性も近年指摘されているが、これが明日にでも起こるかもしれない。

 望遠鏡はまた、ガリレオに象徴されるように、人類の宇宙観の大変革をもたらした。ガリレオ以前には、天動説にしても地動説にしても宇宙は日月と5惑星で構成される太陽系が全てであり、その外側は球形の「恒星天」が取り巻いている、というものであった。望遠鏡で、天の川が莫大な数の星の集まりであることを見つけて、ガリレオは太陽系のはるか外側まで宇宙が広がっていることを明らかにした。

 これ以後の人類の宇宙観の広がりは、大望遠鏡などの天体観測から少しづつ導かれたものである。これらについても、簡単に解説したい。



◎望遠鏡と天文学

○太陽黒点観測

・太陽黒点継続観測と、蝶形図  1965              1980              1995   2006 ・1610〜2000 の黒点数の変化           |-------------|           マウンダー極小期    1684年、凍ったロンドン、テムズ川 ・大黒点の出現   例:2014年10月24日     参考:国立天文台 ・スーパーフレア   通常のフレアの1000倍以上の大フレア。 ー 太陽でも起こる可能性がある。   参考:京都大学   キャリントンフレア   大フレアの影響

◎望遠鏡と、人類の宇宙観の変遷

○古代人の宇宙観

・身の回りの生活圏が宇宙のすべて    → メソポタミアの宇宙観  → 生活圏の外側は、考えないか、「神」を考えるか、あるいは考えても適当    → 古代インドの宇宙観  ※これは古代人に限らない。  → 『(ヨーロッパ)中世賤民の宇宙』、阿部謹也    パリ、ノートルダム大聖堂の怪獣 No.1, No.2    → S.W.の宇宙観 - 怪獣1, 怪獣2

○ギリシャ哲学の宇宙観

・とことん考える宇宙観  → 宇宙の根源、物質の根源を考える。(タレス『万物の根源は水である』)  → 精緻な観測と数学的扱い。(ピタゴラス、ヒッパルコス、他)  → アリストテレス、プトレマイオスの「天動説(太陽系)」宇宙

○ヨーロッパ中世の宇宙観

・アリストテレスとキリスト教の宇宙観  → 人類中心の宇宙 = 天動説宇宙 ※ギリシャ哲学・数学は、西欧には伝わらず、東欧・イスラム世界に伝わった。

○ルネサンス・人文主義者の宇宙観

・ギリシャ文化の再発見による「自由」な思考・芸術 (十字軍がもたらす)  → キリスト教会の教義に、公然と反対。 (ジョルダーノ・ブルーノ、ガリレオ)  → ギリシャ的、数理的な考え方。 (コペルニクス) → 地動説 ※地動説であっても、宇宙は太陽系がすべて。

○望遠鏡の発明による宇宙観の変化

・ガリレオがもたらした宇宙観 (ガリレオの望遠鏡)  → 月は一つの別世界である。  → 天の川は莫大な数の星の集まりである。→ 太陽系のはるか外側に広がる宇宙。  → 木星の衛星のように、天体は大きなものの周りを小さなものが回っている。 → 地動説 ・ハーシェル、カプタインの天の川大宇宙  → 望遠鏡の巨大化と宇宙の広がり。      ハーシェル参考資料    ハーシェルの宇宙(約7000光年の広がり)

○写真技術の発明による宇宙観の変化

 → 光の淡い星雲星団や、明るさの変わる「変光星」などが観測できるようになった。    → 球状星団 の観測による シャプレイの「銀河系」宇宙      10万光年の広がり、人類・太陽系は宇宙の中心ではない。

○巨大望遠鏡による宇宙観の変化

    ハッブルが使用した ウィルソン山100インチフッカー望遠鏡     (写真技術と合わせて、変光星を観測)  → M31 は、シャプレイの銀河系と同じ天体である。    → 宇宙には、シャプレイの銀河系と同じような天体がたくさんある。→ 銀河の広がる宇宙

○スペクトル技術の開発による宇宙観の変化

    スペクトル技術と写真、大望遠鏡を組み合わせて観測。  → スペクトル線のドップラー効果から、天体の運動を測定する。    → 宇宙は「膨張」している。

○電波天文学による宇宙観の変化

○宇宙空間観測による宇宙観の変化

○総合情報技術による宇宙観の変化

 → SDSS プロジェクトによる 「泡構造宇宙」(約20億光年)

○巨大物理学施設による宇宙観の変化

   CERN のシンクとロトン LHC  → 宇宙の始まりと「ヒッグス粒子」

○各個人の宇宙観(テスト)