2023年9月16日 第690回 月例天文講座  

銀河宇宙線の科学
 - 地球環境への影響を中心に -

  国立天文台名誉教授   水本 好彦 


 宇宙線(Cosmic Ray)は 1912 年にオーストラリアのヘス(V.Hess)によって発見された。1890 年代の終わりにベクレル、レントゲン、キュリー夫人といった研究者達によって放射線が発見された。この放射線が大気を電離する事も分かり、ヘスはこの影響がどの高さまで続くのかを高度 5km まで気球にのって調べた。すると上空ほど電離度が高いことが分かり、これが宇宙線の発見に繋がった。粒子加速器のなかった 20世紀前半の素粒子物理学の研究はもっぱらこの宇宙線を使って行われていた。20世紀半ばに粒子加速器が誕生すると宇宙線の研究は素粒子・高エネルギー物理学から、高エネルギーの宇宙線が宇宙のどこでどのようにして作られるのかという宇宙物理学に研究テーマを広げた。最近では宇宙線のミューオンを使ってピラミッド内部の空洞を探すなど応用分野も開拓されている。

 宇宙線は銀河系の中に満ちており、太陽や恒星の光と同様に地球に降り注いでいる。宇宙線は可視光と違い人間の感覚器官で感じることができないので普段はその存在を意識していない。しかし、長期的にはこの宇宙線が地球環境に少なからぬ影響を与えていることが分かってきた。この影響について本講演では以下の順序で解説する。

(1)宇宙線と放射線の基礎
 宇宙線は高速で運動する素粒子で、放射線と同様な性質をもっている。同じ放射線でも福島原発事故で飛び散ったような放射性物質は人体に悪影響を及ぼすが、通常の宇宙線は人体への影響は少ない。

(2)銀河系の中を飛び回っている宇宙線がどのように地球までやってくるのか
 宇宙線の多くは電荷を持っており、磁場によって運動方向が曲げられるという性質を持っている。つまり、銀河系や太陽系の中を飛び回っている宇宙線の大部分は銀河磁場や太陽磁場によって曲げられ複雑な運動をしている。太陽磁場が銀河宇宙線の太陽圏への侵入を防いでいる仕組みを説明する。

(3)一番近い宇宙線源である太陽からの宇宙線と太陽活動
 太陽は太陽風として常に低エネルギーの陽子を放出しており、太陽フレアに伴って大量のプラズマ流を放出することがある。

(4)宇宙線が地球大気中で起こす現象
 太陽磁場と地球磁場のバリアを突破して地球大気に突入した宇宙線は大気中の窒素や酸素と反応して炭素とベリリウムの放射性同位元素を生成する。生成された放射性同位元素は様々な形で地表に溜まる。放射性同位元素は時計として使うことができ、原因となった宇宙線の年代とその強度を知ることができる。

(5)宇宙線の永年変化と地球の長期気候変動との相関
 放射性の炭素やベリリウムの測定から推測された宇宙線の永年変化と地球の長期気候変動に相関があることが分かってきた。宇宙線が地球の気候にどのような仕組みで影響を与えているかについては研究が始まったばかりでよく分かっていない。その中のいくつかを紹介する。




参考資料 (中嶋記)
*右上図は、太陽宇宙線が地球磁場で曲げられる概念図。
   (クリックで拡大。図の出典はWaikato大学のページ。)
*著書(共著):『いま明かされる!すばる望遠鏡ソフトウェアとの熱き闘い』 インプレスR&D
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