2023年10月21日 第691回 月例天文講座  

はやぶさ2が明らかにした太陽系の形成

  名古屋大学大学院環境学研究科 教授 渡邊 誠一郎 


 2014年12月に打ち上げられた日本の探査機「はやぶさ2」は,直径1キロメートルに満たない小惑星リュウグウを探査し,表面試料を採取して,2020年12月に試料入りのカプセルをオーストラリアに投下しました.回収されたカプセルから取り出されたリュウグウ試料の総量は5.4グラムと、当初の目標値である0.1グラムの50倍以上に達し,大きさ1センチメートルの最大粒子を筆頭に真っ黒で軽い粒子が多数得られました。試料は天体上の離れた2地点から、1回目は表面物質を,2回目は事前の人工衝突によってできたクレーターから放出された地下物質を,それぞれ採取されたものです。

 元素と同位体の分析から,リュウグウ粒子は地上で回収された隕石のうち,最も貴重なCIコンドライトに近いことが確認できました.この隕石はほとんどの元素が太陽大気と同じ割合で含まれ,太陽系形成時の元素組成をそのまま保持しているとされる非常に価値の高いものですが,世界で数個しか見つかっていません.地上に落ちた隕石は大気や雨水による変質を免れませんが,リュウグウ試料はカプセルや容器に守られて分析施設まで運ばれたため,太陽系形成時の元素組成を持つ物質を生のまま保持した貴重な試料となったのです.

 リュウグウは,直径100 kmほどの小惑星(母天体)が衝突破壊されて,その破片が集まってできたがれき天体であることがわかりました.リュウグウ試料中の鉱物には二酸化炭素を包有しているものがあって,炭酸塩も豊富なことから,リュウグウの母天体はドライアイス(二酸化炭素の氷)が存在する低温領域で生まれたと推定されます.他の証拠も総合すると,母天体は土星軌道の外側で生まれた可能性が高いことがわかりました.

 さらに,温水中で析出した鉱物が大量に存在することから,リュウグウ母天体は放射性物質によって暖められ,内部の氷が溶けて水となり岩石との反応が進んだことが確認されました.この「リュウグウ温泉」の中で,アミノ酸や核酸塩基などの有機物も生成されていました.温泉中で析出した磁鉄鉱という鉱物粒子には当時の磁場が記録されていて,その強さから,母天体は太陽系形成後の数百万年という短い間に土星軌道の外側から木星の内側にある小惑星帯まで大移動したことが示唆されました.

 このようにリュウグウ試料は太陽系形成を探る上で貴重な宝であると確かめられました.講演では,お宝の分析結果をご紹介して、それから示唆される太陽系形成の様子についてご一緒に考えたいと思います.




参考資料 (中嶋記)
* 右上図は、サンプル・リターンが行われた小惑星の、大きさ比較。(図の出典
* 日経サイエンス、2023年6月号記事 「リュウグウが運ぶ生命の材料」
 → 日経サイエンス6月号、記事紹介ページ