例題5: バーナード星の固有運動
著者: Florian Freistetter, ZAH, Heidelberg
翻訳: 駿台学園高校天文部、監訳: 中嶋浩一(一橋大学)
星も動く!
星が「恒星」と呼ばれる時,それは「動かない星」という意味であるが,実際には動か
ないわけではない.恒星ということばは,昔,まだ天体がどういうものであるかがよくわ
かっていないころに使われたことばである.これは「動く星」,すなわち夜ごとにその位
置を変えるような星に対して,それと区別する意味で用いられたのである.今日では,動
く星は惑星であり「動かない星」と言われていたものも(非常にわずかであって測定には
長い時間を必要とするけれど)実は動いているということが分かっている.
星が天球上での位置を変えるということは,いくつかの異なる原因がある.一つは実際
の動きではなく,地球が太陽の周りを回っていることに起因する見かけの動き(すなわち
視差),および光の速度が有限であることによる見かけの変化(すなわち
光行差)である.
そしてまた,星の
固有運動という現象による実際の位置の変化もある.
星が天球上で移動する時、その赤経と赤緯が変化する。一定の時間の間にそれらが変化する
量は、次の公式で与えられる:
μ
δ = μcos(θ)
μ
α = μsin(θ)/cos(θ)
ここで μ は一定時間あたりの全固有運動量を表し、θ は固有運動方向の角度で、北方向を 0°
とする。
バーナード星の速度はどれくらいか
これまでに固有運動が測定された星の中で最速の固有運動をする星はバーナード星である。
実際それがどれくらい速いのか、Aladin を利用して調べることができる。
まず Aladin を立ち上げて「学生モード (undergraduate mode)」に切り替える:
edit → user preference → profile → undergraduate
このモードを有効にするために、Aladin を再起動する。
次に "Server selecter" を開くために
File → Open
とし、その中の "Aladin images" タブを選択、"target" 欄に "Barnard Star" と入力
して "SUBMIT" ボタンをクリックする。
利用可能なバーナード星の画像のリストが出るが、私達は固有運動を調べたいので、
時間的に異なる2枚の画像を選ぶことにする。時間差は大きいほど良い。私達は、POSSII-カタログ
の 13'x13' のものから2枚を選ぶことにする。表の "DATE" に画像の撮影時期が記されているので、
1991年と1988年のものを選択する。
図1:バーナード星の画像の選択
"SUBMIT" ボタンをクリックすれば Aladin メイン画面に画像がロードされる。
2つの画像を結合させて動画を作成し、星が動いているかどうかを調べることができる。
これのために "blink" 機能を使用する:
Image → Blink/Movie generator
使用する
画像を2つ選び、"CREATE" ボタンをクリックする。
図2:動画の作成
次に星がどの程度移動したかを測定するために、私達は "RGB" 機能を使用する:
Image → RGB image builder..
この機能は本来、異なる波長で撮影された画像を合成してカラー画像を作成するためのもの
であるが、ここでは私達の別の目的で使用する。
開かれた "RGB" image generator サブウィンドウで、一つの画像を赤色のチャンネルに、また
他の画像を緑色のチャンネルに設定する。"CREATE" ボタンをクリックすると新たな画像が示される。
図3:2色画像の作成
2つの画像が重ね合わされる。そこでは、移動していない星は
白い星像になるが、バーナード星は移動しているので2つの異なる色の星像として表示される:一つは
緑色、もうひとつは赤色である。
さらに私達は "zoom" 機能を用いて、バーナード星の周辺の画像を部分拡大し、また "dist" 機能を
使用して赤色と緑色の星像間の間隔を測定する。結果はほぼ(角度の)32" になるはずである:これが
星の見かけの移動量である。
さてこの移動の時間間隔はどれほどであろうか?Aladin スタックの中の画像名を右クリックすると、その画像のプロパティ "properties"
を表示することができる。
そしてその中に、この画像が撮影された正確な時刻が示される:
図4:画像の撮影時刻はいつか?
時刻情報は、"Epoch" ラベルのところに表示される。今の例では、画像はそれぞれ 1988年5月12日、
09:54:00、および 1991年6月16日、07:47:59 に撮影されている。これらを年の小数で書けば:
1988.36115674196 および 1991.45468856947
となる。これにより、2枚の画像の撮影時間間隔は 3.09353182751年であることがすぐわかる。
このようにして、バーナード星の年間固有運動は
10.35 角度秒/年 と求められる!
さらなる解析
もし星が、天球上を 10.35 角度秒/年 で移動しているならば、宇宙の中でのその星の実際の
移動速度はどれほどであろうか?それを求めるには、バーナード星までの距離を知る必要がある。
この情報を得るために、私達は次のようにしてカタログをロードする:
File → Load catalog → Simbad database
するとカタログ名が Aladin の右側のスタックに表示される。 "Mark" 機能を用いて必要な天体を
選択すれば、カタログのデータが aladin 下部の measurement ウィンドウに表示される:
図5:カタログデータの表示
バーナード星は、"V* V2500 Oph"("V" は変光星を意味する。バーナード星は変光星である。)
という名前で表示される。 名前の部分をクリックすると、その天体に関する Simbad データベースの
記述がブラウザによって表示され、そこから私達はすべての必要なデータを取得することができる:
図6:Simbad データベース中のバーナード星のデータ
カタログデータ中 "Parallaxes mas" とあるのは、この星の視差をミリ秒角 (mas) で表した
ものである。これは 0.548 角度秒となる。
これからバーナード星の距離は簡単に計算できて:
r = 1/0.548 = 1.82 pc
となる。バーナード星は、距離 1.82パーセクで、見かけの動きは年間 10.35角度秒であることが
わかる。
簡単な三角法の計算により、1年間のバーナード星の動きの実際の長さがわかる:
図7:三角法計算
図で辺Xの長さは星の1年間の移動距離の長さを表し、値は 0.0000912パーセク、または
2813000000km である。これを速度にすると、接線速度として 90km/s、または時速321000km
という値になる。
天球上での星の動き
バーナード星の天球上での見かけの動きは、他のいろいろな要素によって影響される:
太陽の周りの地球の公転運動、また地球の運動への月の公転の影響などである。
ドイツの天文学者のVOグループ (GAVO) の開発した APFS-toll というソフトを
使うと、天球上での星の動きをリアルに可視化することができる。
これは http://dc.zah.uni-heidelberg.de/apfs/res/apfs_new/hipquery/form
から利用できる。
"Object" 欄には "Barnard Star" と入力し、次にタイムスケールを決める。ここでは
2009年6月1日から2014年6月1日までとする。"Interval of generation" の欄には24(時間)
と記入する。"Output format" では "VOPlot" を選ぶ。
図8:GAVO によるバーナード星の動きの表示
"Go" のボタンをクリックすると、計算・画像表示ソフトが立ち上がる。
ここでまず、"x"軸と"y"軸を指定する必要がある。"x"軸には赤経("raCio")"y"軸には
赤緯("dec")を指定し、"plot" ボタンをクリックするとグラフ画像が表示される。
これを見ると、星の位置が時間と共にどのように変化して行くかがわかる。5つのループ
があるが、これは2009年から2014年までの5年間の動きに対応しており、太陽の周りの地球の
公転運動によるものである。ループに重なる右下から左上への並進運動が、星の実際の
固有運動である:
図9:バーナード星の動き
固有運動だけを表示させるには、出力の時間インターバル("Interval of generation")
を24時間から8766時間(すなわち1年)にすれば良い。これによって地球の動きはフィルター
されるので、バーナード星の直線的な固有運動を見ることができる。
図10:バーナード星の直線的な固有運動