新星の話 〜観測をしない天文学者は何をしているのか?
     加藤万里子(慶応大学)

 私はろくに星を見たことのない理論天文学者だ。小さい
ころは、理科は好きだが夜空にはまったく興味がない子ども
だった。そこでまず私が天文学者になるまでの道のりを簡単に
話す。高校時代まではピアノ科志望で毎日ピアノばかり
弾いていた。高校3年のとき、物理学科に行くことを決意して
猛勉強をして大学の物理学科に進学。物理が好きで勉強
していたら、いつのまにか天文学者になっていた。

 大学院では理論物理として天体物理学を専攻、X線天文学の
理論の先生について勉強をはじめた。そのころ中性子星や
白色矮星の表面で起こる不安定な核反応がひきおこす現象が
研究されはじめていた。新星は理論家にとって新しい分野で、
研究者も少なく、星の内部構造理論と表面の大気理論の
境界領域。今から思えば、このすきまの分野を狙ったことが
よかったのだ。

 新星の光度曲線を計算する理論を私なりに工夫して作り上げた
のが30歳前後。理論天文学者と結婚してこどもが生まれて、
米国に2年間こどもをつれて出張(夫は当時京都にいた)。今では
理系の女性も別姓も別居結婚も子連れ出張もめずらしくないが、
昔はかなり異端あつかいされた。この意味で、天文学者でいること
自体が、私にとっては戦いでもあった。

 新星の理論を作ったのは大成功で、いまだにほかに計算できる
人は世界にいない。新星が明るくなってから、早く減光する新星と
ゆっくり減光する新星があるがその違いは何か、また飛び散る
ガスの元素組成が違うのは何を意味しているのか、連星系の進化
との関係は、など重要で面白いテーマがたくさん手にはいった。
ところが私の理論はなかなか受け入れられず、国際会議でも
無視されることが続いた。天文学者の仕事は良い論文を書く
だけではいけない。良い仕事をすればまわりが注目してくれる
はず、という美談は世界では通用しない。自分の理論が正しいと
思ったら、それをきちんと主張するのも学者の仕事。これも
戦いの一種だが、論争をいどみ続けるうちに、新星の理論は
しだいに受け入れられるようになってきた。

新星を起こすのは、白色矮星という半径が小さくて重い星と、
太陽のような普通の星のペアである。白色矮星の上に伴星から
ガスが降りそそぐと、あるとき水素の核融合反応がとつぜん起こり、
星は明るく輝きだす。それが新星だ。明るくなると、積もったガスは
大きくふくれ、外へ飛び出す質量放出が起こる。私が理論をつくった
のは、この質量放出の理論で、どんな時に質量放出が起こるか、
どのくらい激しいか、光度曲線はどう変化するか、などが計算できる。
これが計算できるのは私ひとり、ということは、新星のいろいろな
謎を解くことが、やりたい放題なのだ。これはたとえば、世界に
望遠鏡が1つしかなく、それを独り占めしているようなもの。講演では
いろいろなタイプの新星についてどこが面白いのか理論家の立場
から紹介する。

さらに私の新星風理論を連星系の進化に組み込んで、超新星への
新しい道筋を発見した。Ia(いちえい)型超新星は白色矮星が
重くなって爆発することはわかっているが、どうして白色矮星が
重くなるのかがわからなかった(新星爆発を起こすと白色矮星は
軽くなる)。これは夫との共同研究だが、超新星の起源についての
理論として現在最も有力な理論である。これに対してもう一つの古い
理論があり、Ia型超新星の進化の業界は、現在まっぷたつに分か
れて論争している。ふたりでつぎつぎと超新星候補の連星系に
ついて論文を書いたり、国際会議で反対側がしかけてきた論争に
たいし、作戦をねって論破したりと、面白く楽しい研究生活を送っている。

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