はやぶさが持ち返ったイトカワの塵に秘められた小惑星形成史


      中村智樹 (東北大学・理学部・地球惑星物質科学科・教授)


 2003年5月9日に鹿児島県内之浦からMVロケットで打ち上げられた小惑星探査機はやぶさは、2005年9月中旬に小惑星イトカワの上空に到着した。それから約2カ月の間、上空からのリモートで様々な科学的観測が行われた。小惑星を探査目標にした大きな理由は、図1に示す通り、小惑星は太陽系形成期に誕生した微小天体の生き残りであるため、その構成物質には太陽系の惑星の材料物質が、ほぼそのままの状態で残されているからである。地球など進化した惑星からは、約46億年前の惑星形成期の記録はほとんど失われている。


(図1)太陽系の進化過程。ガスとちりからなる円盤内部で、
塵が集まり小惑星が形成された。

 上空からいとかわを観測すると、その形状は、他の小惑星と大きく異なり、大小様々な大きさの岩が寄せ集まった不思議な形状をしていた(図2)。はやぶさはこのイトカワの唯一の平坦地である、ミューゼスの海に2回着陸し、サンプル回収を試みた。残念ながら、予定した弾丸発射はできなかったが、サンプルホーンが着地する際の衝撃で、微粒子が探査機まで舞い上がり回収に成功した。


(図2)S型小惑星イトカワ。大きさは 0.5 x 0.3 x 0.2 km程度。

 7年を超える宇宙飛行を経て、2010年6月にオーストラリアにはやぶさのカプセルが地球に帰還した。日本に空輸し、翌週から宇宙科学研究所(神奈川県相模原市)でカプセルの開封、微粒子分離作業が行われた。筆者がカプセルを開封し、最初の微粒子を発見した。微粒子を電子顕微鏡を用いて分析し、1500粒子が特定した11月にはやぶさが小惑星の微粒子の回収に成功したことを発表した。イトカワ由来の微粒子であると断定した最大の根拠は、微粒子を構成する結晶の組み合わせである。カンラン石、輝石、斜長石、トロイライト(硫化鉄)、テーナイト(金属鉄)が主な結晶で、前者3種は地球によくあるが、後者は非常に酸素の乏しい還元的な環境でしか生成されない結晶で、地球にはほとんど存在しない。
 その後、2011年初頭から約50粒子を用いて、微粒子の基本的性質を把握するための解析が国内のいくつかの大学で行われた。その途中経過を2011年8月に世界的な科学誌サイエンスに特集号として、微粒子の化学分析の成果を公表した。微粒子の結晶の種類や元素存在度、酸素や希ガスの同位体比などから、小惑星イトカワの誕生から現在に至るまでの生い立ちが判明した。はやぶさが持ち帰った微粒子は目では見えないほど小さかったが、その微粒子に記録されていた科学的事実は大変大きな価値があるものであった。講演では、イトカワの形成史をわかりやすく解説する。


(図3)はやぶさが持ち帰った小惑星イトカワの微粒子。大きさは0.08ミリ程度。