2016年9月17日 第606回 月例天文講座
神経細胞を用いて宇宙放射線の脳への影響を検証する
東京慈恵会医科大学医学部 教授 岡野ジェイムス洋尚
講演要旨
長期の宇宙飛行において、宇宙放射線が宇宙飛行士の健康に重大な影響を与える可能性が懸念されている。長期間の暴露が予測される惑星間有人飛行を実現するためには、地上実験によって医学的基礎データを収集することが必要である。講演では宇宙放射線の脳活動への影響について我々が行っている研究について紹介する。
宇宙放射線は宇宙空間を飛び交う高エネルギーの放射線で、高線エネルギー付与 (linear energy transfer; LET)荷電粒子線をはじめとした多種な線質の放射線である。主な成分は陽子であるが、リチウム、ホウ素、鉄などの原子核も含まれている。これまで宇宙に滞在した宇宙飛行士の約8割が、宇宙放射線が宇宙船を通過する際に閃光を見る「アイフラッシュ」と呼ばれる現象を経験したことが報告されている(Fuglesang et al. Aviat Space Environ Med. 2006)。我が国の毛利、向井、野口、土井宇宙飛行士も、目をつぶると目の中の色々な場所に光が見え、白かったり色がついていたり軌跡が見えることもあったという。特に、太陽活動期にフレア(爆発)が起こると大量の太陽粒子線(99%が陽子・ヘリウムイオン、1%が炭素イオン・鉄イオンなど重粒子)が放出され宇宙船内に降り注ぐため、複数の宇宙飛行士が同時にアイフラッシュを見ることがある。
一方、脳腫瘍治療を目的として頭部へ陽子線照射を行った際に、希ではあるが患者が異常感覚を訴えることがある。幻覚のみならず、照射方向によっては聴覚、嗅覚、味覚に異常感覚が感知される。これらのことから、陽子線の影響は網膜に限定したものではなく脳内の神経ネットワークが照射によって直接影響を受けている可能性が考えられる。我々は、神経活動に対する宇宙放射線の影響を地上実験で検証するため、培養した脳の神経細胞に陽子線・重粒子線を照射し、カルシウムイメージング法を用いて神経活動の変動の観測を試みている。放射線医学総合研究所の重イオン線治療装置(HIMAC)および陽子線マイクロビーム細胞照射装置 (SPICE)を用いた実験により、陽子線・重粒子線による神経活性化の経路および分子メカニズムを明らかにしたいと考えている。
講演では、一連の研究に使用する放射線発生装置を紹介するとともに、培養神経細胞をどうやって作るか、iPS細胞を利用してヒトの脳の神経ネットワークを体外で再現できるかなどの話題にも触れる。
参考 (中嶋作成)
* 宇宙放射線環境
(下記,きぼうの科学
より)
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Fuglesang et al., アイフラッシュ調査報告(上記) (英文アブストラクト)
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宇宙飛行士の放射線被ばく管理 (JAXA,きぼう広報・情報センター)
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宇宙放射線計測実験 (きぼうの科学)
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無重力と人体(黒谷先生講演要旨),
(講演記録,中嶋作成)
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アポロ飛行士たちの死因から明らかになった「宇宙の健康問題」 (WIRED, 8月2日記事,黒谷先生紹介)
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2016年7月,駿台学園夏季講座 (下条先生の「太陽活動」のお話しがあります.)
岡野先生,主な著書
* 神経再生に関わる可塑性の分子基盤
『
神経科学の最前線とリハビリテーション 脳の可塑性と運動』
(里宇明元、牛場潤一監修 医歯薬出版株式会社、2015)
* 遅発性小脳失調症モデル動物にみられる軸索変性の病態
『
遺伝子医学 MOOK 26号「脳内環境—維持機構と破綻がもたらす疾患研究」』
(高橋良輔編集 株式会社メディカルドゥ、2014)