2016年9月17日 第606回 月例天文講座 

神経細胞を用いて宇宙放射線の脳への影響を検証する

            東京慈恵会医科大学医学部 教授 岡野ジェイムス洋尚

講演記録  (中嶋作成)
◎自己紹介
*専門は脳神経疾患の研究
 これまでは脳を直接見られなかったが、
 近年、iPS細胞を利用して直接実験ができる
 ようになった。
 → この分野の研究の進歩が、最近加速している。

*宇宙飛行士への放射線の影響も研究。
 テーマ:「地球外でも人体、特に脳は長期間にわたって
  正常にはたらくのか。」

 アメリカで研究中、近くに宇宙関係の研究をしている
  研究グループがあったので関心を持った。
 日本でも放医研(放射線医学総合研究所、千葉市稲毛区)
  と共同研究を行っている。


◎宇宙での放射線の影響について
*「アイフラッシュ」という現象がある。
 → 宇宙放射線が宇宙船を通過することにより、
   宇宙飛行士に「光」が見える。
   80%の宇宙飛行士が見ている。
   毛利さん、向井さんも見たと言っている。

   [中嶋注]  Fuglesang et al., アイフラッシュ調査報告  (英文アブストラクト)

*どのようにみえるか?
 星がチカチカしながら通過するように見える。(向井さん)

 宇宙放射線が通過するのはどうしてわかるか。
 (略)


◎太陽風、宇宙・地球、放射線環境
*「太陽風」とは:
 太陽から放射される、10nT(ナノテスラ)の磁力線を持った
 高速粒子の流れ、速度は300km/s, 
 成分は、ほとんどが水素とヘリウム原子核、炭素などは1%程度。

*地球の防御メカニズム:
  地球にはNS磁石のような磁力線がある。   

  [中嶋注] 右図、九州大学総合研究博物館より


 実際の地球磁気圏:
  太陽風によってつぶれた形
  太陽風は逸れるが、一部は入り込んで放射線帯になる
  
  [中嶋注] JAXA、きぼう広報・情報センターより

   内側、陽子、3000km, 外側、電子、10000km
   ISSは400km

*自然放射線 2.4ミリシーベルト(mSv)/年
  ISS(国際宇宙ステーション)では 1 mSv/日
  1 Sv でがん発症率 5%
  100 mSv 以下ならばOK
  月面では 2.2 mSv/日
  火星では 最短往復でも 660 mSv

      [中嶋注] NASA の有人月面探査計画(JAXA のページより)
          NASA の2030年代、有人火星探査の計画(産経ニュース、2015年10月)

*惑星間有人飛行
  火星でも片道9か月

*突発的な放射線
 太陽フレア
  ロシア宇宙ステーション「ミール」での測定
   船内5mSv、船外30mSv


◎放射線で人間はどうなるか? 思考に影響?
  「アイフラッシュ」では網膜に影響がある。
  → 脳にもあるに違いない。

*陽子線治療でも起こる
  重粒子線治療(炭素原子核などを使用)、日本では4か所。
  がん以外の細胞にも影響がある。

  重粒子線は体内で止まる瞬間にエネルギーを発する。
  → 止まる深さを調節して、がん細胞を殺す。

  アメリカの治療機関で、脳の放射線治療の際にアイフラッシュ
  が見られた。
  → 眼だけではない、聴覚・嗅覚・味覚も。
    これらに共通しているのは神経細胞
   → 宇宙放射線は、脳の活動に影響を与える?

*脳細胞は影響を受けるか?
 てんかん? 錯乱? 気絶?
 応答した場合、その作用機序は?予防法は?
 → これを地上の実験で

*地上で太陽風を作る ー 放医研での実験
                        (2mの厚さの鉄の壁の図)

 HIMAC(重粒子線発生装置) 
  炭素または鉄粒子を照射

  [中嶋注] 右図、放医研 webページより








 SPICE (マイクロビーム細胞照射装置) 
  顕微鏡下で細胞をビームで狙い撃ち
  使う細胞はニューロン

  [中嶋注] 右図、放医研 webページより









*ニューロンの作用原理、神経ネットワークのメカニズム
 → 興奮するときカルシウム濃度が上昇、電気が発生、遠方へ伝達
   
    [中嶋注] すまいるナビゲーターの webページより

 神経細胞は培養できる


◎重粒子放射線を照射する実験
  死なないか、誤作動はないか、薬はできないか

*アポトーシスの実験
 → 8時間後でもほとんど死ななかった。

*応答の調査(ネズミの脳海馬)
 → 2分照射 しばらく後 Fluo 4 の検査
   (Ca2+ の蛍光で、刺激が伝わってゆくのが見える)   (動画)
   マイクロビーム照射後、活動が上昇(イオノマイシンで確認)

  周りの細胞の活動が低下してしまう

  
◎培養神経細胞の利用について
 実験をヒトの脳でやりたいのだが、細胞を取るのは不可能
 → そこで「培養細胞」を用いる。
   iPS 技術で、神経細胞を培養することが2012年頃から可能になる

*「幹細胞」について
 幹細胞 = いろいろな器官に分化し得る細胞、胎児の細胞など。
 胎児だけでなく大人にもある(脳の深いところ、など)

*「iPS細胞」について
 大人の細胞に4つの遺伝子操作を加え、受精卵の細胞と同じように
 いろいろな細胞に分化できる能力を持たせたもの。山中教授の開発。
 
 [中嶋注] 京都大学iPS細胞研究所
 
 約2か月の培養で数千個の細胞の塊であるコロニーができる。
  ここから神経細胞を作れる → これを使って照射実験

 放射線の作用点を調べられるので、防御法、薬剤の開発、につながる。


◎ヒトiPS細胞の話
*再生医療への応用
   赤血球、白血球も作れる、大量生産も可能
   → 献血が要らなくなる!

*薬剤の開発も、これを使えば開発が加速される。
  (マウスの細胞は、やはり人間とだいぶ異なる。)

*心筋細胞の培養・移植 

                   (移植した心筋細胞が鼓動している映像)

 放射線も心臓に影響するかもしれない。

*網膜移植は実際に成功している
 → 理研、高橋さん

  [中嶋注] JST(日本科学技術振興機構)の解説ページ



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質問
*火星への旅行について?
 > NASA が 2030年を目標に計画。
   現在学生である人たちが関わるだろう。

*体も大変だが脳もやられないか?
 > ISS(の高度)ではあまり心配ないが、深宇宙では危険。

*細胞を新たに増やして、傷ついた細胞を補えるか?
 > 大人にも幹細胞が少しある。薬剤で再生を促すこともできる。
   ランニング、(天文講座の受講のような)知的な活動などでも
   増やすことができる。ただし、0.1%程度。
   死ぬ細胞も多いので、0.1%程度ではだいぶ不足。

*ピンポイント実験で、周辺が活動が下がるのはなぜか?
 > 視覚領野では、コントラストを付けるために周りの細胞が低下する
   ことがある。

*抑制する物質が出るのか? 抑制するシナプスがあるか?
 アイフラッシュとの関係は?
 > まだよくわかっていない。

*重粒子線のスピードは?
 > 光の数分の1? 不明。

*放射線の癌への影響?
 > DNAが壊れ、コピーができてしまう。
   多くの細胞はアポトーシスで死んでしまうが、アポトーシスを
   起こすところを壊してしまうと癌になってしまう。
   癌にならないようにする遺伝子も壊される。
   いくつかの突然変異の同時発生。

*放射線と突然変異との関係?
 >  (略)