2016年11月19日 第608回 月例天文講座 

超弦理論と宇宙の始まり

         京都大学基礎物理学研究所 教授  杉本茂樹
 現在、宇宙は膨張していることが観測によって分かっている。このことは宇宙がかつては現在よりも小さかったことを意味する。しかもこれは一時的なものではなく、宇宙は約138億年前に誕生して以来、延々と膨張し続きてきたと考えられている。宇宙は定常ではなく、ある時に誕生し、どんどん膨張しながら成長して現在の姿になったということだ。

 では、宇宙はなぜ、どのようにして生まれたのか?宇宙の誕生の瞬間(*)はどのような様子だったのか?この講演会に来られるような宇宙に興味を持つ方々なら誰でも一度は気になることだろう。しかし、残念ながらこれらの疑問に対してはっきりしたことはまだ何も分かっていない。誕生した瞬間の宇宙は(諸説あるが)10-35m (原子の大きさの一兆分の一のさらに一兆分の一よりも小さい!)という極端に小さなサイズであったとも言われ、そのような極限状況でも通用するような物理の理論はまだ確立していないのだ。特に重力にまつわる謎の解明と究極にミクロな世界を記述する理論の構築が必要になる。

 まださまざまな可能性が模索されている段階であるが、現在のところ最も有望視されているのが「超弦理論」と呼ばれる理論である。この理論は、この世に存在するあらゆる物質は非常に小さな紐状の物体が集まってできたものであるという仮説に基づく理論で、他の理論にあるさまざまな困難を奇跡的に克服することなどから、宇宙誕生の謎に迫ることのできる究極の物理理論であると多くの研究者が期待している。

 今回の講演では、宇宙誕生の謎の解明に向けたいくつかのアイディアを紹介し、特に超弦理論に基づく宇宙像の一端をできるだけ分かりやすく解説したい。

(*)この講演では主として第600回の駿台天文講座で佐藤勝彦さんが話された「インフレーション」よりもさらに前に起こったことを議論する。


[参考](中嶋記)
*カットは Wikipedia より,カラビ=ヤウ多様体