2017年12月16日 第621回 月例天文講座
宇宙に満ちる謎ダークエネルギー
東京大学 名誉教授 吉井 譲
(右はハワイのマグナム望遠鏡)
20世紀の天文学は遠方の銀河の距離を測ることによって私たちの宇宙像を一変させてきた。米国の天文学者ハッブルは1929年、遠くの距離にある銀河ほど高速で遠ざかっているという驚くべき事実を明らかにし、これが宇宙膨張の発見となった。
この発見がなされる以前、アインシュタインは一般相対性理論を宇宙全体に当てはめてみたとき、宇宙が自分自身の重みに耐え切れず潰れてしまうという結果が出たことに戸惑ったという。 永遠不滅の宇宙は静止した空間を持つと思い込んでいたアインシュタインは、重力の効果を打ち消す謎の万有斥力の存在を仮定して理論を修正した。のちに言うアインシュタインの「宇宙定数」を宇宙方程式の最後に付け足したのである。 実際にはハッブルによる膨張宇宙の発見で静止宇宙が誤りであることが明らかとなり、さらに宇宙方程式は膨張する宇宙を記述することもわかり、理論を修正する必要がなくなった。「宇宙定数」を取り下げたアインシュタインはガモフに、自分の生涯で最大の失敗であったと語ったという。
この膨張する宇宙における遠方の暗い銀河の数は宇宙方程式から予想できる。1988年に米国の天文学者タイソンは極めて僅かな光でも感知できるCCDカメラを大型望遠鏡に取り付けて観測し、暗い銀河の数が予想より遥かに多いことを明らかにした。この矛盾を解消する唯一の方法は、アインシュタインが取り下げた「宇宙定数」を導入することであった。それは重力に反発して宇宙の容積を増やし、遠方の暗い銀河の数を多く見せる効果があるからである。このタイソンの観測結果に基づいて、1990年、私たちは「宇宙定数」が間違いなく存在し、それによって宇宙の膨張が加速していると主張した。
そして1997年にはパールマターとシュミットの率いる2大グループは遠方の銀河に出現した超新星の距離を正確に測定し、宇宙の膨張が加速していることを直接的に明らかにした。加速膨張を引き起こす「宇宙定数」に相当するエネルギーをダークエネルギーと呼称するが、正体不明のダークエネルギーは宇宙の構成要素の大半を占め、恒星や銀河のような通常物質を凌駕する。この物理学の根幹をも揺るがしかねない発見は2011年、ノーベル物理学賞に輝いた。振り返ると、宇宙膨張の発見はアインシュタインが唱えた定常宇宙を否定し、加速膨張の発見は彼が取り下げた宇宙定数を復活させた。アインシュタインは観測の前に二度敗北したのである。
果たして我々は物理の基本法則あるいは重力理論を修正すべきか、加速膨張の発見は広範な議論を引き起こしている。この難問に天文学が関わるとすれば、超新星よりも格段に明るい光源を使って、超遠方の銀河の距離を正確に測ることである。この条件にかなう光源として、注目されているのが活動銀河である。
私たちは近傍の活動銀河を可視と近赤外でモニター観測(MAGNUM)することで、距離測定の新手法を提案し、その有用性を確認している。 遠ざかる遠方の光源から届く光は波長が伸びて観測されるため、この新手法を超遠方の活動銀河に適用するには、近赤外と中間赤外で十年を超える長期に渡ってモニター観測(Super MAGNUM)することが必須となる。
私たちは、現在、南米チリ、アタカマ砂漠の高峰、標高5640mの山頂に口径6.5mの赤外線望遠鏡を建設するTAOプロジェクトを推進している。これは世界で最も高い場所に位置する天文台であり、これまで大気に阻まれて観測できなかった中間赤外線を地上から唯一観測することが可能となる。TAO望遠鏡のファーストライトは約1年半後を予定しているが、Super MAGNUMはその直後からスタートし、多数の超遠方の活動銀河の距離を測り、宇宙論の次のブレークスルーを狙う。
天文学は現在も驚くべき発展を続けている。これは観測技術や手段が格段に向上し、宇宙の細部が明らかになってきたことはもちろんだが、天文学と物理学の研究方向が徐々に接近し、互いに刺激し合うようになったことにも大きな要因がある。特に、宇宙の加速膨張の発見を機に天文学データを使用して、一般相対論に代わる重力理論の検証まで試みられるようになった。この熱気がやがて新しい重力理論の成立へと結実し、アインシュタインは観測の前に三度目の敗北を期すことになるのか否か、その答えは十年先に持ち越される。
[参考](中嶋浩一記)
*右上カットは,
東京大学理学系研究科のページより.
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TAO計画ホームページ
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6.5m 望遠鏡
*吉井先生著書:
『東京大学マグナム望遠鏡物語』 東京大学出版会、2003年。ISBN 4-13-063701-0。
『論争する宇宙 - 「アインシュタイン最大の失敗」が甦る』 集英社、2006年。ISBN 4-08-720327-1。