2021年10月16日 第667回 月例天文講座
一般相対性理論の成立と、
アインシュタインの日本訪問
一橋大学名誉教授 中嶋 浩一
はじめに
99年前の1922年の秋から冬にかけて、アインシュタインは日本を訪れ、各地をまわって講演しました。アインシュタインを日本に招待したのは、雑誌『改造』の出版社の社主、山本実彦でした。講演会は、受講料がオペラの上級席並みの価格だったにも関わらず大勢の人が聴講し、招待に要した高額の費用を十分に賄って余りがあった、ということです。またアインシュタインが駅に到着したときなどは、彼を一目見ようとして大勢の群衆が集まり、歩行にも支障を来たすほどであった、ということでした。
このアインシュタインの日本訪問については、2005年、アインシュタインの相対性理論発表100年を記念して開催された特別展「アインシュタイン日本見聞録」にて詳しく紹介され、また詳細なパンフレットも出版されました。また、彼の旅行中の日記等の記録は『アインシュタインの旅行日記』として出版されています(翻訳書は草思社)。さらに、金子努による詳しい研究『アインシュタイン・ショック (1), (2)』(岩波現代文庫)もあります。今回は、これらの資料をもとに約100年前の出来事を振り返ってみたいと思います。
1 アインシュタインの日本での活動
アインシュタインの日本滞在中の行動は、概略以下の通りです(1922年):
- - - - - - - - - - - -
11月17日 日本着
18日~12月 1日 東京滞在(各所で講演、東大では専門講義)
12月 2日~ 6日 東北方面訪問(東北大で講演)
7日~ 19日 名古屋、京都、大阪、奈良訪問(京都で講演)
20日~ 28日 宮島、門司、福岡(福岡で講演)
12月28日 門司発、帰途へ
- - - - - - - - - - - -
彼の日記の記録や、前記特別展の写真などを見ながら、これをたどってみます。
2 相対性理論についての講演内容
相対性理論は一般に大変難解であるとされており、そのため『誰でもわかる相対論』というような書物が多数出版されています。この難解な相対論を、アインシュタインはどのように一般人に解説したのでしょうか?またそれを聞いた人々は、相対論を理解できたのでしょうか?これを、石原純の『アインシュタイン講演録』を見ながら検討してみましょう。
この本では、東京での2つの一般講演と、東京大学での専門講義、京都大学での特別講演について詳しく解説し、各地の講演については概略のみを述べています。今回は専門講義については省略し、まず東京での一般講演について、次いで京都での特別講演について検討してみます。
東京の講演は、「基準系」、「慣性系」、「光速度不変の法則」、「同時刻の相対性」、「加速度系」、「等価原理」、「座標系」、「空間の幾何学」、などの用語を使いながら、特殊・一般の相対論を解説したもので、現在私たちが多くの解説書で見る説明とほぼ同様の説明がなされました。
これに対して京都での特別講演は、「いかにして私は相対性理論を創ったか」というテーマで、「どのような問題意識を持ったか」、「どのように悩み苦労したか」、「どのようなことが解決の糸口になったか」、「どのような発想で解決に至ったか」などが述べられていました。今回は、この後者の講演について少し詳しく検討してみたいと思います。
3 アインシュタインの訪日のインパクト
前述のように、日本では何千人もの人々がこの講演に耳を傾けたわけですが、講演に限らずアインシュタインの各地での言動をも含めて、彼の訪日という事件は日本人・日本社会にどのようなインパクトをもたらしたのでしょうか。あるいはなぜ、彼はこのような熱狂をもって迎えられたのでしょうか。
ときは「大正デモクラシー」といわれる時代で、そのような社会的風潮の中にあったことも大きく関係していると思われます。またこのような観点からの考察もいろいろな文献に見られますが、残念ながらこれらのテーマは講演者の一般教養を大きく超えるものでありますので、今回は簡単に触れるだけでお茶をにごすことにします。
4 石原純という人について
訪日中のアインシュタインに常に随行し、また講演の通訳をも勤めさらにこれについて詳細な記録を残したのは、「石原純」という物理学者でした。彼は若くして秀才ぶりを発揮し、アインシュタインのもとに留学して、相対論のみならず当時まだ萌芽期の「量子論」についても研究業績を上げた優秀な物理学者でしたが、なんとある恋愛事件がもとで東北大学の職を辞し、その後科学解説者、また歌人として活躍した、という異色の経歴の持ち主です。この人についても詳しく紹介したいところですが、時間の制限もありますので、残念ながら簡単な紹介のみです。
[参考] (中嶋記)
*右上の図は、2005年、特別展「アインシュタイン日本見聞録」のチラシ。(クリックで拡大)
写真は、日本へ向けて航行中の北野丸の船内、アインシュタインとエルザ夫人。
*
講演原稿