2022年7月16日 第676回 月例天文講座
広視野カメラの開発による
観測的宇宙論の展開
国立天文台教授 宮崎 聡
(下記は、2021年、仁科記念賞、概要より、中嶋が抄録したものです。)
ダークマター(暗黒物質)とダークエネルギー(暗黒エネルギー)は 21 世紀の物理学・宇宙論に突き付けられた大きな謎となっており、大規模な宇宙探査からその分布や時間変化を調べることがその解明への手掛かりを与えると期待されている。
1990 年代に、宮崎氏は大型 CCD 素子の開発を、マサチューセッツ工科大学のリンカーン研究所 (MIT/LL)と共同で開始した。遠宇宙の観測では赤方偏移のため近赤外域の感度が高いことが重要な利点となる。宮崎氏らは波長 950nm で従来の CCD の 4 倍の感度を有し、長方形素子の 3 方向ではその縁まで撮影に使え、ほとんど隙間なく隣接配置することが可能な背面照射型大型 CCD 素子を開発することに成功し、この CCD 素子 10 個を敷き詰めた広視野カメラ(Suprime-Cam)を、すばる望遠鏡のファーストライトに合わせて 2000 年に完成させた。このカメラは世界中で他の追随を許さぬ観測装置となり、初期宇宙の銀河探査や宇宙再電離期の特定などで大きな成果を挙げた。
宮崎氏は Suprime-Cam 完成の実績を基に、その7 倍の視野を持つ野心的な Hyper Suprime-Cam (HSC)の開発構想を打ち出し、これを 2013 年に完成させた。HSC の製作は、1)空乏層の厚みを格段に増すことで波長 1 ミクロンの感度をさらに 2 倍にした CCD の開発、2)広画角にわたり解像度の高い結像を実現する補正レンズ系と大気分散補正機構の開発、3)すばる望遠鏡に搭載可能な軽量セラミックス鏡筒の開発、など宮崎氏の主導により実現した(上図)。
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2001 年に打ち上げられた宇宙背景放射観測衛星 WMAP は、標準的宇宙進化モデルとみなされている ΛCDM モデルの妥当性を検証した。だが、そのモデルから予想される銀河団数は、X線で同定された銀河団数よりも遙かに多いという矛盾があった。宮崎氏は銀河団の暗黒物質の重力場が引き起こす「弱い重力レンズ効果」を系統的に測定して、暗い銀河団を探す計画を提唱し、Suprime-Cam の高画質画像データから暗黒物質の分布同定を世界で初めて行った(右図)。第二世代のカメラ Hyper Suprime-Cam (HSC)を用いた最新の研究では、検出した暗黒物質ハローの 95%が実際に暗い銀河団に対応することが確認されている。しかし、それでも銀河団数は理論的な予想数より少なく、標準的宇宙進化モデルに見直しが必要となる可能性があるとして注目されている。
2014 年から、宮崎氏は暗黒物質や暗黒エネルギーの観測的解明を期し HSC を用いた延べ 330 夜にわたる遠宇宙の戦略的な観測計画を、国立天文台、カブリ数物連携宇宙研究機構、プリンストン大学などの国際共同観測事業の代表者として提案し、実行している。2022 年までの観測が計画されているが、最初の 90夜分のデータからすでに、40 本の成果論文が日本天文学会欧文報告 PASJ の HSC特集号として 2018 年 1 月に出版されている。
前述の弱い重力レンズ効果を利用した暗黒物質ハローの同定の研究に加えて、宮崎氏のグループは弱い重力レンズ効果から暗黒物質ハローのより大規模な三次元空間分布を数十億年にわたり時代ごとに明らかにした。その結果、暗黒物質ハローが宇宙時間の経過とともに合体して集団化した様子を浮き彫りになった(右上図)。
さらに宮崎氏のグループは赤方偏移1程度までの宇宙で HSC のデータに見られる弱い重力レンズ効果のパワースペクトルの解析から宇宙進化モデルの定数を求めることに初めて成功した。その結果は、赤方偏移 1000 の時代の宇宙背景放射の分析から得られた 標準宇宙モデル(ΛCDM )の定数と有意なズレが存在する可能性を示唆しており(右図)、この研究も大きな注目を集めている。
参考(中嶋記)
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宮崎先生インタヴュー