地球の形と経緯度表示

地球の形(かたち)

「地球」という言葉は、これだけで地面が丸いことを意味しています。17世紀はじめに中国を訪れたイタリア人イエズス会士マテオ・リッチ(Matteo Ricci 1552〜1610)による造語といわれていますが地球が球形であることはギリシャ時代からいわれています。[小学館:日本国語大辞典 第二版 2001 p1313]

地球が球形であることは古来、(1)高いところに登るにつれ遠くまで見える。(2)南北に離れた位置からは北極星の見える角度(高度)が異なる。(3)月蝕は月が地球の陰には入る現象ですが、その形はいつも丸い。という事実から立証されています。(1)の現象では、かりに波打ち際に身長1.7メートルの人が立てば理論上5キロメートル先の海面までしか見えませんが標高100メートルの位置からは約40キロメートル先まで見えます。一般的には見通しのきく距離は目の高さの平方根に比例します。実際は空気の屈折の影響でもう少し先まで見えます。(2)の現象は天体が子午線上にきたときの高度で北極星にかぎらず太陽でも、すべての天体についてもなりたちます。このことを利用して地球の大きさを測ろうとしたのがエジプト、アレキサンドリアの図書館長であったギリシャ人、エラトステネス(BC275〜BC195)でギリシャの哲学者アリストテレス(BC384〜BC322)の死後約70年後、西暦前250年のことです。ナイル川の東岸に昔あったシェネという町(現在のアスワン)の井戸の底には毎年夏至の正午に太陽が直射して水面に井戸の影が見られないことを知りました。すなわち太陽の高度(角)は天頂にあることになります。一方シェネから同じ子午線上で900キロメートル(5000スタジア)北にあるアレキサンドリアで垂直に棒をたてて正午にその影の長さを測り棒と影の長さの比から高度(角)を算出したところ太陽は天頂から7.2度(一円周の50分の1に相当)南にあることがわかりました。地球が球形とすれば、この50分の1はシェネとアレキサンドリア間の緯度の差に相当します。子午線上で両地点の距離を隊商がアレキサンドリアからシェネに移動する日数から算出して、それを50倍すれば地球の周囲の長さと直径が求められるます。このようにして求めた地球の周囲は4万6千メートルでした。現在は4万メートルであることがわかっていますから15パーセント大きいのですが当時の技術水準からみると、まずまずであったといえます。

その後、ヨーロッパでは三角測量を利用して子午線一度の長さから地球の円周を算出することが試みられました。フランスの天文学者ピカール(Jean Picard 1620〜1682)は1669年から1670年にかけて望遠鏡を取り付けた象限儀で正確な三角測量を実施しました。パリ近郊のマルヴォワシーヌからアミアン近郊のスールドンの時計塔までの距離を求めるため基線はパリからフォンテーヌブローまでの約11キロメートルを木製の細長い棒をつないで測定しました。測量の結果、子午線一度の長さは110.46キロメートルと算出されました。地球を「球」として扱い円周を算出するための測量はこれで終りになります。

オランダの物理学者ホイヘンス(Christiaan Huygens 1629〜1695)と英国の科学者ニュートン(Isaac Newton 1643〜1727)は個別に地球が回転することによる遠心力で球の中央部は膨れ両極は扁平の回転楕円体になることを前提として理論計算を行いました。フランスの天文学者ジャン・リシェ(Jean Richer 1630〜1696)が南米ギアナのカイエンヌで天文観測の際、パリで調整された振子時計が1日に2分遅れることに気づきました。この現象についてホイヘンスは赤道に近い場所では遠心力が大きくなり重力が小さくなること、ニュートンは遠心力の影響のほかに地球が赤道で膨らんだ形のため赤道に近づけば重力が小さくなることで説明しました。



このあと17世紀末から18世紀はじめにかけてフランスの天文学者カッシーニ親子(親 イタリア名 Giovanni Domenico Cassini、フランス名Jean-Dominique Cassini 1625〜1712 初代パリ天文台長、土星の環の間隙を発見、子 Jacques Cassini、1677〜1756)がパリを境にして北は北海に面したダンケルク、南は地中海沿岸コリウールまでのフランス国内で広範囲の三角測量による弧長を測量し結果として地球が球でなく子午線一度の長さが極に向かって短くなる縦長の回転楕円体であることを突き止めました。しかしニュートンが予測した地球の形状(横長)とは異なったものでした。地球がホイヘンスやニュートンの提唱する扁平であるならば赤道より極地の方が緯度一度あたりの弧長は長くなります。正確には楕円積分という厄介な計算をしなければなりませんが概念的には赤道付近の円弧に接する真円と極附近の円弧に接する真円を比較すると前者に比べて後者の方が大きいことから理解できます。[大久保修平:地球が丸いってほんとうですか 朝日新聞社 2004 p27]

ニュートンの予測とカッシーニの実測が一致せず論争がつづきましたが決着をつけるため緯度差が大きい高緯度と低緯度地点の弧長を測量することとなり1735年から1743年にかけフランスのパリ科学アカデミーによって北極に近いラップランドと赤道に近いペルー(当時はペルー副王領、現エクアドル)の両地へ観測隊が派遣されました。前者へはモーペルチュイ(Pierre Louis Moreau de Maupertuis 1698〜1759)、クレーロー(Alexis Claude Clairaut 1713〜1765)、セルシウス(Anders Celsius 1701〜1744、スウェーデンの天文学者、100分目盛「摂氏」の温度計を提唱)などが、また後者へはルイ・ゴダン(Louis Godin 1704〜1760)、ド・ラ・コンダミーヌ(Charles Marie de La Condamine 1701〜1774)、ブーゲ(Pierre Bouguer 1698〜1758)などが参加しました。この結果、地球が南北に扁平(横長)な球であることが立証されました。

北方隊は1736年に出発しフィンランドとスウェーデンの国境に沿って三角網を設定し測量しました。「血を吸う緑色の頭をしたハエ」や山火事、氷結に悩まされながらも観測を終え翌年フランスに帰国しました。南方隊は1735年に出発したものの長い航海、アンデスの高地、ジャングル、熱帯病、公金の流用事件、隊員の不和、分裂、資金不足などあり最初にフランスに戻ったのはブーゲで1744年、出発後9年を経っていました。この間、ブーゲは重力の異常を発見、コンダミーヌはゴムの木を発見しゴダンは現地の女性と結婚しています。測量の結果、子午線一度の長さは北方隊による111.09キロメートルに対して南方隊は109.92キロメートルの違いを得ました。北極圏にあるラップランドよりも赤道直下のペルーのほうが丸みを帯びていることがわかりました。[J.N.ウィルフォード、鈴木主税訳:地図を作った人びと 改訂増補 河出書房新社 2001 p155−180]

結論として地球は完全な球体ではなく赤道付近が少しふくらんだ回転楕円体の形をしているのです。その大きな理由は地球の自転、公転の際に生じる遠心力の作用があるからです。半径で21キロメートルほど、ふくらんでいます。地球の半径は赤道で6378キロメートルありますから、ふくらみ分は地球の半径のおおよそ300分の1になります。いいかえれば地球は「まんまる」なスイカではなく、少しへしゃげた(押しつぶされた)「でこぼこ」のあるカボチャなのです。カボチャの「でこぼこ」は山や谷、海を表わしています。地球の表面の凹凸は最高はエベレストで標高8848メートルですが地球全体の陸地の平均は840メートルに過ぎません。これにたいして地球表面の3分の2を占める海の深さは最深がマリアナ海溝で10900メートルあり地球全体の海の深さの平均は3730メートルです。地球にある陸地すべてで海を埋めることはできません。

地球の形は昔から地表面の測量をして知りました。しかし現代では人工衛星の飛行状態を調べることによって正確に知ることができます。人工衛星は遠心力と地球の引力がつりあった高さを飛行しています。地球の引力は位置によって異なるので地球の位置によって人工衛星が飛行する高さ、すなわち地球表面からの距離が異なることになります。この現象を詳しく観察して地球の形状を知ることができるのです。

メートル法

メートル法は18世紀末フランスで世界共通に使える統一された単位制度を目指して制定されました。当時、世界には同じ物理量に対してさまざまな単位がありましたが世界規模での商取引が進展してくると単位の不統一が大きな問題となってきました。そこでフランス革命後の1790年に長さの単位を統一し新しい単位を創設することになりました。フランス学士院はこれを受け委員会を設け地球の子午線長を基準とすることを検討しました。1792年から1799年にかけてドランブル(Jean-Baptiste Joseph Delambre 1749〜1822 フランスの天文学者)はメシャン(Pierre Francois Andre Mechain 1744〜1804)とともにダンケルクからパリをへてバルセロナまでの距離、約1000キロメートルを経線に沿って三角測量を行い子午線弧長を算出しました。この測量成果をもとにして1795年には地球の北極点から赤道までの子午線弧長の1千万分の1(子午線全周長の4千万分の1)として定義される「メートル」を新たな長さの単位として国民会議が承認しました。しかし、すぐには普及せず1840年以降はメートル法以外の単位の使用を禁止する法律ができ公文書にメートル以外の単位を使用できなくなりました。

フランス以外の国でも度量衡単位の統一の気運があり1875年にはメートル法を導入するため各国が協力するという主旨の「メートル条約」が締結、日本は1885年(明治18)に条約に加入、1891年(明治24)に施行された「度量衡法」で尺貫法と併用する形で導入されました。1921年(大正10)の同法改正で尺貫法を廃しましたが根強い抵抗もありました。1951年(昭和26)の「計量法」でメートル法の使用が義務付けられ約8年の準備期間をへてメートル法が完全に実施されたのは1959年(昭和34)からです。

メートル原器についてはドランブルなどの子午線測量結果をもとにして1799年にはメートルを実際に表す標準器であるメートル・デ・ザルシーヴ(Metre des archives、Mのつぎのeにはアクサングラーヴがつきます)が作成され、さらにこれを写しとった原器が1889年(明治22)の国際度量衡総会で国際メートル原器に指定され日本もメートル原器(22号、英国ジョンソンマッセーJohnson Matthey社製)の交付を受けました。メートルの定義は1960年には元素クリプトン86が発する波長がつかわれ、その後幾多の議論、変遷をへてメートル原器は廃止され現在、1メートルは1秒の299792458分の1の間(約3億分の1秒)に光が真空中を伝わる距離として定義されています。[小泉袈裟勝:単位の辞典 改訂4版 ラテイス 1981 p302]

メートル法を拡張した国際単位系(SI=仏Le Systeme International d'Unites、SystemeのtのつぎeにはアクサングラーヴがUnitesのeにはアクサンがつきます、英International System of Units)が1954年(昭和29)の国際度量衡総会で採択されました。しかし英国と米国は従来からのヤード・ポンド法を採用しつづけ2000年(平成12)になってから英国では使用を禁止しましたが米国ではまだ存続しています。旧英連邦諸国ではメートル法の普及にかなり苦労した様子が切手にも表れています。



経緯度表示

地球上の地点を特定するために経線と緯線をつかったのはギリシャの数学者ヒッパルコス(BC190頃〜BC120頃)といわれています。実際の地球の表面は山や谷の起伏があるため、そのままでは経緯度線が引けません。一方、地球が完全な球形でなく回転楕円体であることが判明してからも、その正確な形状や大きさは当時の理論や測量技術ではまちまちでした。地球の形状によく近似している楕円体が19世紀になってからドイツのベッセル(Friedrich Wilhelm Bessel 1784〜1846)、英国のクラーク(Alexander Ross Clarke 1828〜1914)、エベレスト(George Everest、1790〜1866)、米国のヘイフォード(John Fillmore Hayford、1868〜1925)、ロシアのクラソフスキー(Krassovski 生没年不明 1943年に楕円体発表)などによりそれぞれ発表されました。

三角測量では三角点の距離と方位角を知ることができます。しかし、これをジオイド(海面を陸地に延長したと仮定した場合の面)のような凸凹のある面上に表すことは煩雑で実用的ではありません。地球が回転楕円体の形をしていると仮定して、楕円体の表面に測量成果を貼りつける形で地図作成を進めていきます。実際の地球上で行った三角測量を回転楕円体上で行ったかのように考えて各地の経緯度を求めているのです。

日本では明治以来、ベッセルが算出した地球の形状を近似的に表すベッセル楕円体を採用し、その表面に三角測量で得られた距離や方位を載せていくことで地形図を作成してきました。1924年(大正13)マドリッドで開かれた万国測地会議ではヘイフォードが発表した数値をもとにした国際回転楕円体を決定しましたが、このときすでに日本とドイツはベッセルの楕円体、米英仏はクラークの楕円体を採用しており、わずかな差であったのでそのままつづけていたのです。

楕円体を測量の基準面として使うには楕円体の中心を実際の地球上のどの位置に、また楕円体の座標軸が実際の地球のどこを通るかを決めなければなりません。そこで測量の出発点で天文観測により決めた経緯度を、その点の楕円体上の経緯度とします。さらに出発点の楕円体上の高さを決めます。このように現実の地球に対して位置が確定してはじめて基準面として使用が可能になります。この楕円体は準拠楕円体、測量の出発点は測地原点(経緯度原点)とよばれています。座標のとり方は各国の事情に合う方法で決められていました。日本の場合は日本経緯度原点を東京麻布の旧東京天文台に定め、その位置で天文測量(天文観測)によって求められた経緯度を三角測量の原点としました。[鈴木弘道:山の高さ 日本測量協会 1993 p193]、[掘淳一:地図 1992 p68−69]

現実の地球の形と天体の相関関係で定めたのが天文経緯度、幾何学的に地球をとらえて定めたものが測地経緯度といいます。いいかえれば天文観測(天文測量)によって求められた座標が天文経緯度であり三角測量によるものが測地経緯度です。

ところで地球には巨大な山脈もあれば大きな谷もあり地下にも重い物質の固まりがあれば軽い物質の場所もあります。このため観測機器の下げ振り(錘重)が示す鉛直線は付近の大きな地形や地下の密度の影響を受けて正確には地球の中心を示さず質量の大きい側(重心)にわずかに傾いています。ある地点における鉛直線(ジオイド面に立てた垂線)とその点での楕円体面への法線(ほうせん、楕円体面に直角に立てた垂線)との間にできる角を鉛直線偏差(Plumb line deviation)と定義しています。鉛直線偏差の量は子午面に投影して得られる緯度成分の角度と子午面に直角な面に投影して得られる経度成分の角度の二つの要素で表します。

日本経緯度原点は天文観測で決めましたから原点位置では天文経緯度と測地経緯度が一致します。そして、そこでは鉛直線偏差はないと仮定したのです。ところが現実には経緯度原点となった旧東京天文台附近の鉛直線偏差が経度、緯度とも12秒程度であり地球全体と比べると大きい値だったのです。

19世紀半ばにヒマラヤ山脈で鉛直線偏差の測定がされましたがヒマラヤの山塊の引力により相当の鉛直線偏差が予想されましたが実際は3秒という微量でした。この説明に考えられたのがアイソスタシー(Isostasy)説で比較的軽い地殻が、重く流動性のある上部マントルに浮かんでおり地殻の荷重と地殻に働く浮力がつりあっているとする説です。地殻均衡説ともいいます。密度の小さい山塊が密度の大きい岩石の上に浮かんでいると考えられます。

近年GPS(全地球測位システム)などの技術革新により極めて正確な地球の測量が可能となり従来の経緯度の計算に採用していた準拠楕円体(ベッセル楕円体)は実際の地球より長半径(赤道半径)、短半径(極半径)とも約700メートル短いこともわかりました。このような事実にもとづき実際の地球に最も近い楕円体が国際的に定められました。世界各国で共通に利用可能な楕円体で、これを地球楕円体といいます。

経緯度の測定基準については日本ではベッセル楕円体を準拠楕円体とした日本測地系から地球楕円体を準拠楕円体とした世界測地系に2002年(平成14)から変更されることになりました。世界測地系は宇宙測地技術によって明らかとなった地球の正確な形状と大きさにもとづき世界的な整合性を持たせ国際的に定められている測地基準系となっています。この移行により日本経緯度原点の原点数値(経緯度など)も世界的に統一のとれたものになりました。世界測地系への移行は日本だけでなく国際的な流れです。日本測地系は局所座標系ともいわれ利用される範囲内(日本国内)では基準となるベッセル楕円体と地球の実態はよく一致しますが地域外での一致は望めません。これに対して世界測地系の基準となる地球楕円体は平均的に現実の地球の形状を代表します。しかしよく一致する地域とそうでない地域も混在しています。

日本測地系の準拠楕円体は天文測量によって求めた旧東京天文台の位置を原点として定めたのに対し、世界測地系は地球の重心を中心として原点としています。結果的に日本測地系のベッセル楕円体の中心位置は地球重心からずれており、その差は鉛直線偏差に相当し地球重心から緯度・経度0の方向に−146.414メートル、地球重心から緯度0・経度90度の方向に+507.337メートル、地球重心から北極方向に+680.507メートルとなっています。

日本測地系は世界測地系に比べ日本国内では400〜500メートルずれ、東京の日本経緯度原点では東南に約450メートルのずれが生じています。準拠楕円体がベッセル楕円体と地球楕円体で異なる(前者が小さい)ことにもよりますが、最も大きい要因は経緯度を測定する基準が異なっていたためです。日本測地系では原点を天文測量によって決めましたから鉛直線偏差を生じています。とくに東京は海溝に近いため原点となった旧東京天文台での鉛直線偏差が地球上の他地点よりも比較的大きい値であったのが要因でした。これ以外の要因としては明治の測量以降、複数のプレートが異なる方向に移動して起こる地殻変動や技術水準なども影響しています。世界測地系は世界共通の座標系でVLBIやGPSなどの宇宙測地技術によって決定されています。日本経緯度原点の位置は不変ですが経緯度表示は天文測量によって求められた天文経緯度の座標とは切り離されました。

地球上の位置は日本測地系でも世界測地系でも準拠楕円体上で緯度、経度、標高の3要素を表します。世界測地系の地球楕円体は中心が地球の重心に一致し(ベッセル楕円体の中心とは一致していません)かつ短軸が地球の自転軸と一致していますから地球上の位置を地球の重心を原点とする3次元直交座標系で表すこともできます。これを「地心直交座標系」または「地球重心系」ともいわれ人工衛星の軌道計算のように地球の重心のまわりを運動する物体を扱う場合につかわれます。なお鉛直線偏差は地球上の位置を準拠楕円体上の測地経緯度で表すかぎり測地系の如何にかかわらず存在します。世界測地系の地球楕円体の中心は地球の重心に一致するよう定められていますが天文経緯度と測地経緯度の間には鉛直線偏差分だけの差が生じることになります。GPSでは地心直交座標系で地球上の位置決めをしますがGPSが示す経緯度は準拠楕円体上の経緯度ですから、やはり鉛直線偏差分だけ天文経緯度と異なっているのです。

日本では2001年(平成13)6月に測量法が改正され(施行は翌年4月から)従来の日本測地系にかえ世界測地系が採用されました。世界測地系は概念としてはひとつなのですが各国、採用する時期や詳細な構築手法、精度が異なるので日本では「日本測地系2000」とも称されました。測量法第11条では世界測地系をつぎのように定義しています。

「世界測地系」とは、地球を次に掲げる要件を満たす扁平な回転楕円体であると想定して行う地理学的経緯度の測定に関する測量の基準をいう。
一  その長半径及び扁平率が、地理学的経緯度の測定に関する国際的な決定に基づき政令で定める値であるものであること。
二  その中心が、地球の重心と一致するものであること。
三  その短軸が、地球の自転軸と一致するものであること。

[測量法 第11条3 2001]

新しい測量法では将来の数値の変化に迅速に対応するため回転楕円体の長半径や扁平率は政令できめることになっています。国土地理院が発行する地形図の四隅に記載される緯度、経度は、測量法改正後しばらくの間、従来の日本測地系の値(黒字)に世界測地系(茶色字)の値が併記されています。世界測地系によると東京付近の経線は東に290メートル、緯線は南に350メートルずれます。これにより日本測地系にもとづく経度、緯度はそれぞれマイナス12秒、プラス12秒の補正が必要です。これは距離にすると450メートルになります。

地球の大きさと形状                       単位:メートル
諸元         日本測地系 (ベッセル) 世界測地系(GRS80) 差 世界−日本
長半径a 6,377,397.155 6,378,137 +739.85
短半径b 6,356,078.963 6,356,752.31 +673.35
扁平率(a-b)/a 1/299.152813 1/298.257222101 .      .       
赤道長 全周 40,070,368.1 40,075,016.7 +4,648.6
子午線長一象限 10,000,858.8 10,001,965.7 +1,106.9

法令で定められているのは長半径と扁平率(旧法では扁平度といいます)だけです。世界測地系(地球楕円体)の長半径はメートル整数位で定められていますが、細かい精度にしても地球が完全な回転楕円体でなく近似的に定めているため意味がありません。回転楕円体面よりも数10メートル北極周辺はふくれ逆に南極周辺は窪んでいます。また上表の子午線長一象限は赤道から極までの子午線の長さを表します。

地球を最もよく近似している楕円体としてGRS80(Geodetic Reference System 1980、測地基準系1980)があり地球の形状、物理学的な定数について国際測地学協会などが1979年に採択した基準で、わが国でも採用されています。GRS80にたいしてWGS84(World Geodetic System 1984、世界測地系1984)と呼ばれる基準もあり米国で採用されていますが、わが国では海上保安庁の所管する海図はこれにもとづいています。GRS80もWGS84も実用上の差異はほとんどありません。

GRS80は地球を近似する回転楕円体であり形状や大きさが決められていますが座標系については明確になってません。そこで GRS80楕円体と整合するように定義された世界測地系は3次元直交座標系として地球の重心に原点を置き、X軸をグリニッジ子午線と赤道との交点の方向に、Y軸を東経90度の方向に、Z軸を北極の方向にとって空間上の位置をX、Y、Zの数字の組で表現します。法律上「世界測地系」と呼ばれていますが測地学の分野では「世界測地系」といえばITRF系(International Terrestrial Reference Frame、国際地球基準座標系)、WGS系(World Geodetic System) 、PZ系(Parametri Zemli 、ロシアが採用)の3種類の総称です。日本の国土地理院はITRF94を、海上保安庁ではWGS84採用しています。理論的には別のものですが数値はほとんど同一のもので実用上問題はありません。


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