○はじめに (講演要旨より) 「HR図」とは,恒星をその表面温度と明るさとで分類した図で,恒星の研究に大変重 要な役割を果たす図である.今回の講演で,HR図とはどのようなものか,HR図をどの ように読み解くか,HR図から見える恒星の姿はどんなものか,について解説する. 「HR」というのは,この図を最初に考えた天文学者,ヘルツシュプルングとラッセル の頭文字である.実際の図は右のようなものであり,横軸に恒星のスペクトル型,縦軸に 絶対等級を取って恒星を分類したものである.(「スペクトル型」などの用語については, 前回の講演で説明したものであり,本講演では最初に簡単に復習する.)スペクトル型は 恒星の表面温度を表し,絶対等級は恒星の明るさ,すなわちエネルギーの放出量を表す. 横軸は左方向が高温,縦軸は上方向が大エネルギーを表す. 図でまず気の付くことは,左上から右下に連なる一群の星の存在で,これを「主系列星」 と呼ぶ.そしてこの連なりは一つの法則性,すなわち「高温の星は明るい」という法則が あることを示す. そうすると,右上の一群の星は「(比較的)低温なのに明るい」ということになり,こ れらは大きさの大きい星,すなわち「巨星」であると考えられる.反対に左下の星は大き さが小さい星「矮星(わいせい)」となるが,これらは特に「白色矮星」と呼ばれる.こ のように,HR図は,「星の大きさの分布」を示す図となっていることがわかる. いろいろな大きさの星があるということはどのような意味があるのだろうか?これを調 べることによって,星の誕生・成長・成人・老化のストーリーがわかってくる.これにつ いて講演で詳しく説明する.たとえば,「星は歳をとると膨張して巨星になる」というこ とも,ここで明らかになる. ところでHR図には一つの重要な問題がある.それは,縦軸の絶対等級を決めるのに恒 星までの「距離」が必要である,ということである.ところが恒星の距離の測定というの は,現代天文学を以てしても大変困難な観測である.これに最初のブレイクスルーをもた らしたのが,1992年の「ヒッパルコス衛星」の観測であった.その後すでに20年以上が経 過したが,ヒッパルコスをしのぐ観測は行われていない.しかしこの程,最新の観測装置 を搭載した「ガイア衛星」の打ち上げが成功し,さらなる発展が期待されている.これに ついても,講演で詳しく紹介する.
○前回(2012年8月)の概略 *前回のwebページ ・講演者(中嶋)の専門とする「天文データベース」との関連から,権威あるデータ ブックとしての『理科年表』を紹介. ・一例として,「恒星データ」の表を紹介. ・データの表から恒星の研究への第一ステップとして,「HR図」の作成を簡単に紹介. ※講演者の著した教科書『天文学入門 ー 星とは何か』(丸善)に沿って説明. 今回の内容も記載されている.→ 教科書のための参考ページ
○HR図とは: *恒星のデータ: 理科年表,「おもな恒星」の表 → 星のデータとして,実視等級,色指数 B-V,スペクトル型,などがある. 色指数,スペクトル型は,恒星の表面温度に関係している. (O型は数万度,G型は6千度,M型は3千度くらい) 実視等級に距離の補正をしたものを絶対等級という. (太陽の絶対等級は約5等,太陽の1万倍の明るさの星は 0等 となる.) *図の作り方 (2つのデータを,グラフの横軸と縦軸に取って,分布図を作ってみる.) → それぞれスペクトル型と絶対等級を取った分布図をHR図という. → HR というのは,この図を最初に考えた天文学者,ヘルツシュプルングとラッセル の頭文字である. → これは前述のように,星をその表面温度と明るさで分類したものになる. (明るさは光度とも言い,恒星のエネルギー放出量にほかならない) (スペクトル型は O型 が高温なので,横軸は左が高温で,逆になっている) *図の読み方 (分布の傾向を調べ,法則性を読み取る.) ・左上から右下へ連なる顕著な法則性がある. → 法則:高温の星は明るい. (この一群の星を主系列星という) ・右上の一群の星は,(比較的)低温なのに明るいという性質の星である. → 特に法則性はないが,塊になっているところもある. (この星の右上の部分の星を赤色巨星という) ・左下にも少し星がある. → 数が少ないので法則性はわからないが,主系列に平行であるように見える. 暗い星なので発見が難しく数が少ないが,実際にはたくさんあると考えられる. (これらの星を白色矮星と呼ぶ) *法則性に,物理学を適用して研究する ・温度と放射エネルギーの関係 → 高温の物体は放射エネルギーを放出して輝くが,放出エネルギー量は温度(の4乗) に比例する,という物理法則がある. (これをシュテファン・ボルツマンの法則という) ・HR図を,温度ーエネルギー(光度)の関係図に書きなおし,上記の法則を直線で記入 した図を作成.(次の図) → 直線は,太陽と同じ大きさの恒星についての法則であるから,直線より上の星は 大きさ(表面積)が大きい星,ということになる. → 関係直線からのズレは,恒星の大きさの違いを表すことがわかる. *法則性のまとめ ・太陽とあまり大きさの違わない一群の星があり,主系列を形成する. (主系列の中では,高温の星はやや大きく,低温の星はやや小さい.) ・太陽の百倍程度の大きな星(巨星)の一群がある. ・太陽の百分の一程度,すなわち地球程度の大きさながら高温で輝く星(白色矮星)の 一群がある.
○主系列星の法則性 (主系列星の法則性は,何を意味するのだろうか?) *エディントンの「恒星の内部構造理論」 → 英国の天文学者,エディントンは,恒星を「万有引力で球形に集まっている高温 のガス体」であり「何らかのエネルギーの発生がある」というモデルのもとに, いろいろな質量の恒星の内部状態を物理的に計算した.(1920年代) → その結果,「質量の大きい星は,万有引力が強くて密度や温度も高くなり,明る く輝く」という法則性があることがわかった. → (連星などを利用して)主系列星の質量を観測し,質量ー光度の分布図を作成し てみると,みごとに理論と一致する!(下図) → 主系列星は,内部状態が安定かつ単純で,エディントンのモデルに当てはまる星 の集まりである. (この法則を質量ー光度法則という.)
○星団のHR図 (星団を利用すると,主系列の研究が飛躍する.) *星団とは何か → 一箇所に星がたくさん集まっているもの(次回,来年度に詳しく解説予定). (左図は散開星団で,おうし座のすばる,右図はヘルクレス座の球状星団でM13) *星団のHR図を研究するメリット → HR図の大きな弱点として,「絶対等級を求めるのに,距離のデータが必要」とい うことがある.恒星までの距離を求めることは,現代天文学でもたいへん困難. → 星団の星は,皆ほぼ同じ距離にあるので,(絶対等級はわからなくても)相対的 な明るさは精密に決められる. → きれいなHR図が得られる. *いろいろな星団のHR図 ー 何がわかるか? 散開星団 M11 M44 M67 h+χPersei
球状星団 M5
・散開星団は,主系列が顕著であるが,上部の星がなくて赤色巨星が出現している ものもある. → 上部の星が赤色巨星に変化したか?それともこれから主系列になるのか? ・球状星団は,あまりにも不思議で,どう解釈したら良いのかわからない. → 散開星団のM67が,少し球状星団に似ている.
○恒星の内部状態の変化・推移を計算する ー 恒星進化の理論 (主系列以外の星は,主系列状態になる前か,主系列の後の状態かもしれない) *(まず)主系列状態の恒星の内部はどうなっているか? ・水素原子の核反応(核融合反応)の「原子炉」状態. → 核融合反応は,4つの水素原子核が融合してヘリウム原子核になる反応. ・非常に精密・巧妙に制御された(失敗のない)原子炉である.(理由1, 理由2) → 人間の原子炉と同様,燃料を爆発させずに少しづつ反応させる. → (太陽は)1年間に100億分の1消費するので,100億年間輝く. → それゆえ,主系列の位置に多くの星が統計的に存在する. *水素燃料が燃え尽きたらどうなるか? ・主系列時代は,上の図の中心核の部分で水素が(少しづつ)反応している. ・中心核の水素がすべて反応し尽くしてしまえば,ヘリウムばかりのヘリウム中心核 になる. ・発熱反応は終了し,主系列状態には居られなくなる. ・ヘリウム中心核は,熱を放出しつつ収縮する → 反動で水素の外層が膨張する → 星は膨張し,HR図の上で,主系列の上方へ移動する. ・水素の外層下部で再度核反応が起き(水素外層の殻燃焼),星は急激に膨張する → HR図で右方向へ移動する → 林の限界まで来ると,上方へ移動する.(林忠四郎先生) → 老化して主系列を離れた星は赤色巨星なる. ・質量の大きい星は,ヘリウム中心核の内部で次の核反応(ヘリウムが融合して炭素 や酸素,窒素,などになる)が起こる. → 第2の主系列状態になる. ・第2の主系列もやがて終了し,再び赤色巨星へ. ・やがて外層部分が流出し,高温の中心核が露出する. → 表面温度は上昇し,HR図を左の方へ進む(ウォルフ・ライエ星). ※ 質量の大きい星は,このあたりで超新星爆発を起こして,再び星雲になる. → 超新星爆発残骸星雲 → (クリック) ※ 質量の小さい星は,爆破せず,冷えて暗い小さい星になる.(星の死) → HR図の左下の白色矮星になる. ※ 死ぬ間際に,一花咲かせることがある. → 惑星状星雲 → (クリック) *(さて)主系列以前の恒星の内部状態の推移はどうか? ・恒星は,星雲の中で形成される. (星の誕生) (クリック) (星雲の中の密度の濃い部分が凝縮して星ができる.詳しくは次回.) ・凝縮すると熱が発生し,熱による膨張力と引力による収縮力が釣り合ってしまう. ・熱を外部に放出すると,さらに収縮することができる. (熱の放出方法が問題.これによって星の成長状況が変わる.詳しくは次回.) ・収縮すればさらに熱が発生して,内部の温度が上昇する. ・内部の温度が十分に上昇して核融合反応が始まれば,星は一人前. ・しばらくして,核融合反応の発熱と放出エネルギーが釣り合えば,安定した主系列 状態になる. → ゆっくり収縮して温度が上昇する,これが星の成長である. ※ 質量の大きい星は主系列の上部に,小さい星は下部に進む.(下図) ※ 質量の大きい星の成長は,著しく速い. ※ 成長過程の星は,まだ星雲の内部にあるので,外からは見えない. (赤外線や電波では見ることができる.赤外線星) ※ 赤外線星は意外に明るく,一種の赤色巨星である.(詳しくは次回) ※ 成長がある程度進むと,星雲が晴れて,若い星が見えてくることがある. → この星は「情緒不安定」で,不規則に変光したり,ジェットを噴出したりする. (HH天体, T Tau型変光星)(下図) *星の一生とHR図 → 星の誕生から死亡まで,星の一生をHR図の上でたどることができる:
○星団のHR図と,星団の年齢 (星団のHR図は,主系列の折れ曲がりの場所 転向点 で年齢がわかる) 散開星団 M11 M44 M67 h+χPersei
球状星団 M5
転向点と年齢
○精密なHR図(ヒッパルコス衛星) → HR図では,絶対等級のために恒星の距離のデータが必要であるが,地上の観測で は,空気に邪魔されて,精密な距離が測定できない.(地上観測装置) → 衛星観測ならば,精密な距離が測定でき,精密なHR図ができる. → ヒッパルコス衛星(ヨーロッパ), ジャスミン衛星計画(日本) → 12万星の精密な観測データヒッパルコスカタログによる,精密なHR図 (クリック)
○新たな天体位置観測衛星(ガイア衛星) → ヒッパルコス衛星の後継衛星,ガイア衛星が,この1月8日に成功裏に打ち上げられた. → 2022年ころまでに,10億星の精密なガイアカタログを完成予定. (ガイア,ポスター)