『理科年表』天文部について

    2012年8月18日(土),駿台学園天文講座,月例講演会, 中嶋浩一


○はじめに (講演要旨より)
  『理科年表』は「権威ある科学データブック」という位置づけの本として,現状では
 主にいろいろな「参考調査」のために利用されていると考えられる.たとえば「富士山
 はいつ噴火しただろうか」というような疑問は,目次などから調べてみると地学部の火
 山の項目にあることがわかり,800年頃,864年,1707年などに大きな噴火が
 あったことがわかる.またこの前後の地震の記録を調べると,869年に「貞観の三陸
 沖地震」,1707年に「宝永地震」という,いずれもマグニチュード8を大きく超え
 る地震があったこともわかる.
  しかし近年では,参考調査はインターネットで簡単に行えるようになった.たとえば
 「富士山の噴火」などは Wikipedia などでより手軽にまとまった情報が得られるよう
 なっている.それでも,正確を期すためには理科年表の「権威ある記述」が最後の拠り
 所となるであろうことは,現在でも変わっていないと考えられる.
  ところで理科年表は,単なる参考資料としての利用だけでなく,学習のための「教材」
 としても大きな利用価値があるのではないだろうか.講演者(中嶋)はこのように考え
 て,これまで大学教養の天文学講義などで理科年表の諸表を積極的に利用してきた.た
 とえば「恒星」について学ぶ場合に,理科年表天文部の「おもな恒星」の表を利用して
 まず恒星に関する基礎的な事項を学習し,さらにこれらのデータが恒星の世界の現実の
 姿を示すと考えてこれを解析する,というように利用するのである.実際にこのような
 方法に沿って教科書を一冊作成しているので,本講演でその内容を紹介しつつ,「教材
 としての理科年表」について考察してみたい.
  理科年表の「暦部」については,これと実質的に同じ内容の,国立天文台発行『暦象
 年表』があるが,これについては2011年の北軽井沢駿台天文講座で紹介した.「暦」
 についてもまだ学ぶべき基礎的事項は多くあると考えられるが,今回はその次の「天文
 部」を題材に取り上げる.また「天文部」にも,太陽系と太陽,銀河系と宇宙,X線や
 電波の観測,近年の話題など,多くの興味あるテーマが含まれているが,今回は「恒星」
 にテーマを絞って考察を行う.前出の教科書も「星とは何か」という副題になっている.
  このように考えると,天文学入門の教材としては「星座」の表(平成24年版では天
 29ページ)あたりから入るのが適切であると考えられる.ただ理科年表は学術的であ
 るので,星座の由来や神話の話題ではなくて,「赤経・赤緯」や「天球」の学習へと進
 む.その場合でも,何らかの形で神話や星占いなどの身近なテーマと関連付けつつ,受
 講者の興味を失わせないようにすることが大切である.
  続いて「おもな恒星」の表になると,「色指数」や「スペクトル型」など,本格的な
 天文学知識の学習に入ってゆく.これらについては,理科年表にも解説が掲載されてい
 るが,その記述はたいへん専門的なものとなっているので,入念かつわかりやすい説明
 を別途作成する必要がある.本講演ではこれらの教材利用の実例を実際にたどりつつ,
 「HR図の作成」あたりまでを扱う.

 入門的な受講者には天文学基礎の勉強になるように.
 知識豊かな受講者には「天文教育」としての話題を提供.
 『理科年表』にこだわるのは,ごまかしのない天文学につながっている,という信頼感
のため.


○『理科年表』について. *概要  ・1925年創刊以来の歴史と伝統を持つ科学データブック.(オフィシャルサイトより)  ・国立天文台編纂, (株)丸善出版発行, 1,400円+税, 1,100ページ余 (2012年)  ・執筆は,各分野の専門家約140名.国立天文台,天文情報センター出版係が取りまとめ.   講演者は編集委員になっていないので,どのような委員会が行われているかは不明. *内容構成  → 暦部,天文部,気象部,物理/化学部,地学部,生物部,環境部,特集 *「天文部」内容構成  ・地球と太陽系(地球,月,惑星,衛星,小天体,彗星,流星,日月食)  ・太陽(太陽本体諸データ,スペクトル,黒点,太陽活動)  ・恒星(星座,恒星一般,変光星,新星・超新星,連星,系外惑星,褐色矮星)  ・銀河,銀河団,宇宙の大規模構造  ・宇宙の観測(宇宙線,γ線,X線,赤外線,電波)  ・位置天文学(時刻,極運動,夜天光など)  ・その他(望遠鏡,探査機,発明発見,話題)    → 24年版は,発明発見年表が改訂充実された. *周辺情報  +理科年表オフィシャルサイト   ・徹底解説    → 表の見方を説明するとともに,背景知識,近年の成果なども説明する.     「天文部」は近年かなり充実している.リクエストも受け付けている.   ・FAQ    → 現状ではあまりQがないようであるが,「星はいくつあるの?」というような     非常に基礎的な質問に丁寧に答えているので,大いに利用価値があるページで     あろう.「夏休み子ども電話相談」などを参考に,Qはなくとも基礎知識を発信     する場としたらよいのではないか.    ※ 科学博物館にも 宇宙の質問箱 という,同様なページがある.   ・広場    → 『理科年表』を購入した人を対象に,一部の表をcsv形式で提供するなどの     サービス.購入と登録が必要.  +理科年表プレミアム    → 既刊の理科年表すべてにアクセス可能.一定の料金を払って利用する.法人中心.  +理科年表 Web版    → プレミアム,個人版,8,400円/年.
○「星座」の表 *概観  → 国際天文学連合 (IAU) の取り決めによる88個の星座を表示.   → 天球が星座で区分されるようになったので,恒星に名前をつけるのに星座名が使    われることが重要.     →  → 由来や神話などはない.(教育的利用に際しては,これを補足することが必要) *基礎知識 表を理解するのに最低必要  +分点,時圏,赤緯圏 < 赤経・赤緯 < 天球      →  +黄道 > 夏至点,冬至点,春分点,秋分点 > 2000年分点     →  +中央標準時,子午線     → *発展知識 表を手がかりに天文知識を発展させる  +星座の区分の実際  → ケフェウス座の例(Wikipedia より)   → 実際の星図で確認する必要.    (1875.0年分点のため,2000年分点の星図ではズレがある.)  +黄道12星座 < 占星術   →「誕生星座」はだれでも知っているので,星図の上で太陽位置との関係を学習.    → 分点をたよりに太陽位置を調べると,誕生星座とのズレがあることがわかり,     次の「歳差」へと発展する.   →「占星術」の由来などについては,レポートのテーマとして自主学習へ  +歳差   →「地球ゴマ」を用いた実験で納得させ,潮汐力などの説明はなるべく避ける.     →  +恒星の命名法   ・バイエル名 (例)αUMi [ギリシャ文字の終わったあとは英文字]     → 英文字は現在では用いられない.Rから後の文字が変光星に使われる.   ・フラムスチード番号 (例)61Cyg   ・固有名   (例)おもな恒星の表の脚注に   ・カタログ名 + 番号 (例)近距離の恒星の表に   ※ 二重星はα12CVn のように(赤経順).     連星は明るい順に A,B,.. をつける.   ※ 恒星に限らず天体の命名方法は混乱しているので,IAUで整理している.    「名寄せ」もある.     → *雑知識 必須ではないが,知っていると便利  +国際天文学連合 (同,Wikipedia英文)   → 3年毎に総会が開かれる.今年は北京で,明後日から月末まで.   → 2006年の総会では,冥王星を準惑星とする決議が採択された.     → NHK, コズミック フロントより   1981年には,会長のバプー博士が駿台学園で講演.  +ラテン語   → 文法 (Wikipedia)  +ギリシャ文字 *星座の表からわかる宇宙の姿  → 特にない.(星座は,現代天文学では研究対象にならない)
○「おもな恒星」の表 *概要  → 3.0等よりも明るい星を138個リストアップ.(正式には 170個ある.)   ※ 恒星のリストを使いたい人には,6.5等より明るい約9000星のリスト     Bright Star Catalogue がおすすめ.  → 星の名前はすべてバイエル名であるが,脚注に固有名がある. *基礎知識  +実視等級   → 紀元前のギリシャのヒッパルコスが,21個の明るい星を1等星とし,もっとも微か    な星を6等星とした.その後,光の計測が可能になって,1.5等のように小数点の等    級や-1.5等のようなマイナスの等級が使われるようになった.厳密な基準は,ヴェガ    を0等とし,5等級下がると 1/100の明るさになるように決める.     → 1等級では約2.512倍の違いとなる.(地震のマグニチュードは30倍)   → 星の色の違いにより,光の計測がどの波長域(=色)で行われるかによって,等級    は異なってくる.人間の眼の感度に近い波長域を V(=Visual)帯とし,これによる等    級を「実視等級(V等級)」と呼ぶ.     →  +星の色,色指数,UBV測光 < 光の波長とフィルター   → 星の色の違いとして,赤・橙・黄・白・青白 などがある.これは星の表面温度に    関係する.赤が3000K程度,青白が40000K程度. → アルビレオ   → 色の程度を数値化したものが「色指数」.いろいろな色のフィルターを用いて等級    を測定し,その差として表す.B - V は,B(Blue)等級 - V等級.    U は UltraViolet(紫外線).     → 参考:測光システム (Wikipedia) , 等級の種類と有効波長(理科年表)   → 色指数と表面温度との関係は「恒星の物理的諸量(1)」の表を参照.     →  +スペクトル型 → 次項にて  +固有運動 < ベクトルとその表示法   →「恒星」といえども,何十万年の間にはかなり移動する.星座の形も変わってし    まう. → 北斗七星の変形(三菱電機のページより)   → 星の移動量を表示するには,数学の「ベクトル」の考え方が重要.     →  +星の距離 (次項参照)     →  +視線速度 < ドップラー効果   →「視線速度」は,我々が星を見る方向(=視線)の速度,近づく・遠ざかる速度.    → 光の「ドップラー効果」と「線スペクトル」を用いて測定する.    → +は遠ざかる方向.     → *発展知識  +星の距離の測定方法,「距離のはしご」   → 天体の距離(理科年表オフィシャルサイト)  +色と温度の関係 < プランクの輻射式   →(説明略) *雑知識  +ヒッパルコス星表 → Wikipedia の説明   → ヒッパルコス衛星のホームページ     →  +FK5星表   → 恒星の位置(赤経・赤緯)の基準を構成する星表.約5000星で構成.    → ヒッパルコス星表の「ICRS座標系」に引き継がれたが,基本はあくまでもFK5.  +J2000   → 赤経・赤緯の値が2000.0年分点に基づくことを示す記号.B1950に対するもの. *恒星の表からわかる宇宙の姿  → 「近距離の恒星」の表のような「絶対実視等級」を見ないと,あまりよくわからない.
○「恒星のスペクトル型」の説明 *基礎知識  +スペクトルとは   → 虹の七色のこと. 百聞は一見に如かず,スペクトロスコープを.     → 物理学的には,振動数(または波長)に対する信号強度の分布のこと.  +光のスペクトルの分類   ・連続スペクトル                    → 参考(裳華房)   ・線スペクトル ー 輝線スペクトル           ー 暗線スペクトル(吸収線スペクトル) → 参考 (同上)  +スペクトルと化学組成   → 物質毎に独自の線スペクトルがある.線スペクトルの原理は省略    → 線スペクトルを調べると,どんな物質があるかわかる.    → 太陽スペクトル (Columbus Optical SETI Obs.)      線スペクトルの名称と物質 (織野氏のページ)  +スペクトルと物理状態   → 物質の温度によって,連続スペクトルの分布の形が変わる.      プランクの輻射式は省略    また,線スペクトルの出方も複雑に変わる.    → これらを物理的に究めれば,スペクトルから温度がかなりよくわかる.   → 暗線スペクトルの形から,恒星の表面を覆う(比較的)低温の大気がわかる.   → 線スペクトルの波長の変化から,スペクトルを出すガス体の運動がわかる.    (ドップラー効果)   → 線スペクトルの太さ(幅)から,温度や気圧がわかる.  +巨星と矮星,光度階級   → 巨星の大気はたいへん希薄なので,線スペクトルが細い.    → 気圧が高くなるほど,線スペクトルが太くなる. → 矮星  +スペクトル型   → A型,B型,C型などいろいろあったが,温度との関係が明らかになって,温度の順    に O,B,A,F,G,K,M型という配列になった.(これらをさらに 0〜9 に細分する)    → スペクトル型と温度の関係(「恒星の物理的諸量(1)」   → 理科年表の説明(「恒星のスペクトル型」)    → 最近はL型,T型なども使われる.   → スペクトル型の写真(Wikipedia より)   → 参考 (Wikipedia 英文ページ)     → *雑知識  +スペクトル型を決めるのは   → ひたすら経験による.昔は女性の係員の仕事だった.給料も安かった.  +Henry Draper Catalog   → Annie Jump Cannon の業績.
○「近距離の恒星」の表,「天体の距離と絶対等級」の説明 *概観  → 太陽系から14光年以内の星を,わかるものはすべてリストアップ.  → 「連星系」や「絶対等級」が示してある.   → 星の世界の実情が,統計的にわかる.   → いろいろな恒星の名前の付け方がわかる.  ※ 平成24年版では,表の構成が変わった. *基礎知識(「表からわかる宇宙の姿」を含む)  +視差   → 天体の距離(理科年表オフィシャルサイト)     →  +空間速度   → 視線速度と固有運動速度から合成.実際の星の運動がわかる.    →「高速度星」があるのがわかる. 宇宙の暴走族  +連星系   → 引力で引き合い,回転しながら共存する星 → 参考 (Wikipedia)    → 宇宙には連星がかなり多いことがわかる.  +絶対等級   → 恒星を 32.6光年のところに置いたときの明るさ.恒星の実力がわかる.    → 太陽は 4.82等星と,ごく平凡な星である.(シリウスは実際にも明るい)    → 「恒星の物理的諸量(1)」の表を見ると,ずいぶん明るい星がある.    → 宇宙には太陽よりもずっと暗い星が圧倒的に多い. *発展知識   (省略)
○「恒星の物理的諸量」の表 *概観  → (1)の表は,温度などの基礎的なデータである.後出の「主系列星」が対象.    → 「恒星の物理的諸量(1)」  → (2)の表は,いろいろな種類の恒星のデータを集めて比較している.    → 「恒星の物理的諸量(2)」     →「恒星の物理的諸量(2)」の表 平成24年版 *基礎知識   (省略) *発展知識   (省略)
○「HR図」の作成と,HR図の意味 *法則性の追求の一般論  → いろいろな現象を整理して,その中の法則性を見出す,その方法論について.  →「二次元分類」から「相関」を見つけ出す.   → 例,学生の「通学時間と成績」 → 通学時間の長い人は成績がわるいか?  → 良い「相関」があれば,それの「回帰直線」を求め,法則が発見される.   → 例,「脈動変光星の周期−光度関係」 →     → *HR図の作成  → 恒星の2つの典型的な特性,「スペクトル型」と「絶対等級」で分類してみる.    → ヘルツシュプルング(1905),ラッセル(1910)  → 結果の図 (「おもな恒星」と「近距離の恒星」の表より)    → この表から読み取れる宇宙の姿は何か?  → もう少し物理的に見るために,スペクトル型→温度,絶対等級→全輻射量,に変更    →「恒星の物理的諸量(1)」の表の「輻射補正」を使用.  → 結果の図    → わかること     →  ※ HR図は,恒星の研究でたいへん重要な役割を果たす.    
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